第十四話(Silicon):硝酸
エルムヴィレッジの市場では、柚紀たちが開発した電球と電池の販売が始まった。柚紀は、市場の様子を観察し、大盛況の売れ行きに安堵した。
「……これが、科学が人々に与える恩恵だ......」
柚紀は、人々の笑顔を見て、科学の力を改めて実感した。
その後しばらくは、エリン、スカーレットと行動を共にし、農薬の研究をする日々が続いた。アンモニアの生成のため、尿を集めていると、エリンもさすがに驚いていたが、柚紀は仕方なく説明した。
「……アンモニアは、農薬の原料になる。尿には、アンモニアの原料となる尿素が含まれているんだ。」
また、ヒューストンには、化学実験に必要なガラス製の試験管やフラスコ、ビーカーを作るように依頼した。ついに化学の時代が始まるのだ。
ある日、柚紀はプラチナ探しと農業のための土地確保のため、商会の主人を訪ねた。プラチナという言葉に、エリンたちは聞き覚えがなかったためだ。
主人は、ここ数日の電気製品の売り上げを約束通り柚紀に渡した。台車で運ばれてきた売り上げを見て、柚紀は驚いた。この世界の通貨、特に硬貨はプラチナ製のものが主流らしく、銀白色のプラチナ硬貨が大量にあったのだ。
「この硬貨は、金、銀、鉄のどれでもなさそうだ......まさかプラチナ製か?!」
スカーレットとエリンは、プラチナ硬貨ではなく、受け取った売り上げの額に驚いていた。どうやら、この世界の家を数軒建てられるほどの額らしい。
「柚紀くん、この金額って、噓だ......」
柚紀は早速、オーガストに研究所を建てたいという話をし、建築業者に連絡してもらうことにした。場所は、街外れの広い土地が空いているので、そこに建てることとした。
オーガストの話では、プラチナではなく白金と呼ぶのが主流で、金よりも豊富に取れるらしい。オーガストから商会に溜めている精錬前のプラチナ結晶を少し譲り受け、柚紀たちは工房に戻った。
工房に戻った柚紀は、プラチナを使い、オストワルトプラントを完成させた。試運転をすると、硝酸が発生した。
「……成功だ!」
柚紀は、硝酸の生成に成功し、歓喜の声を上げた。
次に、柚紀はヒューストンの作った試作の試験管に硝酸と銅を入れた。すると、試験管の中で化学反応が起こり、硝酸銅が生成された。
また、柚紀は、試験管にアンモニア水を注いだ。すると、試験管の中身は美しい青色の液体に変化した。
「……テトラアンミン銅だ!」
柚紀は、テトラアンミン銅の生成に成功し、さらに歓喜の声を上げた。
(硝酸と銅で硝酸銅ができ、それがアンモニアと反応するとテトラアンミン銅ができ、それが濃い青色を示す。)
柚紀は、テトラアンミン銅の美しい青色に見惚れていた。
「……美しい……」
柚紀は、科学の神秘に魅了されていた。
その日の夕暮れ、流石に寒さを感じた柚紀は、自分が身につけている服を見つめた。この異世界にきてから、ヒューストンの工房にあった服などを借りたりしていたが、基本はブレザー制服を着ていた。そろそろ服が欲しいと感じた柚紀は、服屋に向かって行った。古ぼけた木造の服屋を見つけて入ってみると、なんと、現代の白衣にそっくりな外衣を見つけた。柚紀は、驚きを隠せなかったが、すぐさまその懐かしい白い
科学者の装いを見て、すぐに購入した。
「すいません......この白い服をください。」
いつにもまして気分がよい柚紀は、白衣を購入し満面の笑みでヒューストンの工房に戻った。通りすがりの人々には死んだ魚の目で見つめられていたことだろう。だが、柚紀は何か重要なことを忘れた気がしていて、考えにふけっていたので気付かなかった。が、彼は寒さ対策として服を買いに行っていたことを忘れていた。