第9話 ようこそ新世界へ
俺と奴のバトルが終了し、展開されていたコックピットが元の台座へと戻る。それと同時にフィールドの【領土】や【領主】が消え、周りの景色も元の殺風景なコロシアムのものへ……ふう、何とか勝てたか。
「ハァ、結局少しもダメージを与えられなかったか……アンタ、本当にカード初心者じゃなかったんだな。つか、俺と同じ初めての対戦だったってのに、手慣れ過ぎだろ?」
「言っただろ、人並みにはできるってよ。お前さんだって、大したもんだったぜ? 最後まで諦めず、全力で俺にぶつかってくれたじゃねぇか」
「下手にサレンダーなんかして、経験値とやらを落としたくなかったんだよ。あの天使、今回のゲームは負けても減らないとか言っていたけど、そもそもあいつらは信用ならないだろ?」
「ククッ、それは確かに。けどよ、良い勝負だと思ったのはマジだ。『火遊び蜥蜴』のダメージがこっちに来ていたら、【継承】を発動させるタイミングを失っていた。あとは『飛び交うマグマ』みてぇな直に攻撃してくるカードも嫌だったな。俺のデッキは代が途絶えればそれまでだ。本当にやりにくかったぜ?」
「チッ、俺のカードの使い方が下手で良かったな」
「ああ、良かったよ。だからこそ、次に対戦する時が怖ぇぜ。今回やらかしたミス、お前さんは絶対に忘れねぇだろ? 最初は俺と視線も合わせられなかったってのに、今はもう平気そうだ。今回の一戦で、俺のアドバンテージはすっかりなくなっちまったぜ。参ったよ、本当に」
「……アンタ、見かけによらず世話焼きだったりする?」
「んな訳あるか」
そんな風に話をしていると、ジャラジャラとコインの落ちるような音が聞こえてくる。どうやらバトルに勝利した報酬が振り込まれたようだ。ちなみにGは電子マネーのような形態である為、実物は存在しないらしい。使い方とか知らねぇ知識を知っているのって、何か気持ちわりぃんだよな……あ、そうだ。経験値とやらも確認できるんだったか。どれどれ?
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グラサン レベル1
経験値 51/100
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「おっ、マジで経験値っぽい表記なんだな。つか、今の一戦で51も上がったのか? この調子でもう一戦勝てば、直ぐに次のレベルに――」
そこまで言い掛け、違和感を覚える。あの胡散臭い天使達が、果たしてそんな生易しい世界観にするだろうか?
「……なあ、お前さんよ、ちょっと良いか?」
「アカバンで良いよ。俺もアンタの事をグラサンって呼ぶからさ」
「そうかい? アカバン、そっちの経験値が今いくつなのか、訊いても良いか?」
「え? ああ、うん、まあそれくらいなら。少し待ってくれ、ええっと……今は50だなって、50!? 俺、負けたよな!? なんでこんなにあるんだ!?」
ああ、クソ、やっぱりか。
「いや、多分増えてはいねぇ。経験値のスタートが50になってんだ」
「は? 何でそんな半端な数からのスタートで――あ、そうか。本来のルールなら、バトルに負けたら経験値が減っちゃうんだよな?」
「そう、この50ってのは多少負け続けても大丈夫な数、言わば一定の保険みたいなもんなんだろう。その証拠に、今の俺の経験値は51だ」
「……え? 1しか増えてなくね?」
「ああ、1しか増えてねぇな」
「グラサン、俺にノーダメだったよな? 数字だけ見れば、完勝だったよな?」
「一応な」
「……いやいやいやいや! レベル1上げんのに、どんだけ苦労させられんだよッ!? 少なくとも50連勝はしなくちゃいけないって事だろ、それ!?」
「逆に言えば、50連敗しなければ死なないって事かもしれねぇな」
「にしたって道が遠いわ!」
俺の代わりに、気持ちいいくらいに盛大なツッコミをかましてくれるアカバン。この世界における常識的な知識が備わった筈なんだが、半端に訳の分からんところもあんだよ。微妙な嫌がらせ精神を感じるわ。
「まあ、今回やったのは野良バトルみてぇなもんだ。公式の大会で勝てば、経験値の増減がもっと大きくなるのかもしれねぇ」
「な、なるほど、そういう事か。ともあれ、だ。グラサン、これからも負けんなよ? アンタを最初に倒すのは、この俺なんだからな!」
「また無茶な事を言いやがる。カードゲームってのは、勝って負けてが基本だろうが。まあ、中には例外的な奴も居たりするんだが――っと?」
信頼の証にアカバンが突き出した拳に、俺も拳を合わせようとしたその瞬間、コロシアムへやって来た時と同じように、視界が暗転しやがった。マジでクソみてぇなタイミングである。
「――で、またここか」
「みてぇだな」
俺の近くに居たのはアカバンではなく、今日もオールバックと眼鏡が決まったシチサンの方だった。周りの様子を確認するに、どうも移動する前の位置状況に戻ったようだ。そして全員同じタイミングで意識が戻ったのか、周囲を見回している奴が大半を占めている。お、前の方に拳を突き出した状態で硬直しているアカバンも発見。唐突な展開に、まだ思考が追いついていないみたいだな。
「グラサン、そっちはどうだった?」
「もう喋れる状態なのか。あー、俺の方は何とか勝てたってところだな。シチサンは?」
「勝ったよ。ただ、俺も内容は及第点だった。慣れないゲームに慣れないデッキ、早く全てに慣れたいものだよ」
「ククッ、思ったよりも堪能してんじゃねぇか。まあ、それは俺もなんだけどな。折角Gが手に入ったんだ、早くパックを剥きたいもんだぜ」
「おい、まずは売ってるもんの相場を確認してからにしろよ? 食事を抜くなんて生活、俺は御免だ」
「ったり前だろ、カードは体が資本なんだ。最低でも腹八分くれぇは食うぜ?」
「一般的に、お前のそれはフードファイトの領域に入るんだが――おい、天使がまた来たぞ」
周囲に姿が見えないと思ったら、再び天井をすり抜けてのご登場をする天使達。天使の間で流行ってるのか、その登場の仕方? で、例の如く着地。
「皆様、お疲れ様でした。全バトルの終了を確認しましたので、これにて我々の案内も終了となります。尚、前もってご説明した通り、今回のバトルで敗北したとしても、経験値の減少はありませんので――って、天使二十五位、この人ら普通に話しているけど、消音処理は?」
「オフにしましたが、何か?」
「ええっ、また無駄に騒ぐじゃん面倒じゃん……あ、何でもないです。皆様さっさとこの世界に旅立ちたいでしょうし、即送って差し上げますね? いえ、何も仰らなくて結構! もう十分な情報は与えましたし、真の猛者は勝手に強くなってくれるでしょう。私はそう信じています。ええ、信じていますとも、皆様の可能性の力を! では、存分にこの世界を堪能してくださいねッ! ようこそ、新世界へ!」
矢継ぎ早に言い立てた金髪天使は、俺達に声を上げる暇を全く与えなかった。マシンガントークを終えたかと思えば、既に俺達の前から消えていたんだ。後ろに控えていた天使二人も一緒に、である。
――ズズズズズズズズッ……!
天使の失踪に連動でもしているのか、周りを囲っていた巨大鉄板も不自然な崩壊を開始。やがて見えてきた青空からは、さんさんと太陽光が降り注ぎ――数秒もしないうちに、俺達は外へと放り出されていた。100人の男達の立ち位置はそのままに、天使と鉄板だけが取り除かれたように。
「……で、どこだよ?」
「俺達の立ち入りが唯一許可されたエリア、ってやつじゃないか?」
立て続けに景色が変わって頭が痛くなりそうだが、そうも言ってらんねぇ。警戒しながら辺りの様子を確認、で、結論なんだが。
「西部劇にありそうな荒れ果てた地面と草木、どこを見回してもゴツイ岩山ばかり、建物もあるっちゃあるが……廃村間近にしか見えねぇのは、俺の見間違いか?」
「俺も同じ事を聞き返したいよ」
そこに広がっていたのは、とてもカードゲームをする場所とは思えない、何とも過酷な光景だった。おい、どこでパック買うんだよ。