8話 少女とディナー
それから、いくつかの店を回って、あいちゃんの当面の生活に必要な物は大体揃えた。
洋服も買い揃えようとしたが、必要になったら、店に買いに来ればいいのだから、家に買い置きしておく必要が無い。
しかもあいちゃんサイズの服を買っていくエゴロイドはこの近辺にはいないので、このショッピングモールの店にあるそのサイズの服は、事実上全てあいちゃんのために置いてある様なものなのだ。
「そっかー!これ全部あたしが好きに着ていいんだぁ!」
「だからと言って、手あたり次第に脱ぎ散らかすなよ」
この所ピングモールには若い女の子向けの服のブランド店があり、あいちゃん的には好みの服ばかりが揃っているそうだ。
残念ながら今日はこの店の店員のエゴロイドは出勤しておらず、店は無人だった。
この店の服を買いに来る、少女体形のエゴロイドは長い間いなかったから当然といえば当然だ。
むしろ、何故店を開いているのかという方が不思議だ。
・・・それについては、他の店も同じなのだが。
「このお店の店員さんにも会いたかったな」
「今日、あいちゃんが店の中を物色して、色々試着した履歴は残っているから、近いうちに店の様子を見に来るんじゃないのか?」
「えっ!あたしの行動って全部見られてたの?」
「当たり前だろ?無人で店を開けていられるのは、監視AIが常に店の中のカメラやセンサーで状況を把握しているからだ」
「ええっ!じゃあ、あたしの生着替えもしっかり見られてたってこと!」
「いや、さすがに試着室の中にカメラはセッティングされていないだろう」
「なんだぁ、良かったよ。まだ誰にも見せていないあたしの全てが、知らない店員さんに見られちゃったのかと思ったよ」
「・・・お前、下着まで脱いで試着していたのか?」
「ううん、別に脱いでないけど」
・・・発言が適当だな・・・こいつ。
「まあ、この店の店員にも近いうちに会えるだろう。さて、今日はこんなところで部屋に戻るか」
「あ、そろそろ夕食の時間だよ?何か食べて行こうよ!」
そういえば外が暗くなってきていたな。
「あいちゃんは食事は一日三食必ず食べる主義か?」
「うん、だってお腹すいちゃうじゃない?」
「別に充電すれば済む事だろう?」
「あたしはちゃんと食べたいの!」
「まあ、俺も食事はする派だけどな」
「じゃあ、問題ないじゃない。さてと、何を食べようかな?」
あいちゃんはモール内のマップを確認し始めた。
この建物にはフードコートとそれ以外にいくつかの飲食店が入っている。
当然、人間の客は来ないのだが、ほとんどの店が無人化された後だったため、人間がいなくなった今でも人間の食事が提供できているのだ。
もっとも、食べに来るのは一級アンドロイドボディを持ったエゴロイドだけだが・・・
「せっかくだから最高級のディナーにしてみるか?」
「えっ!大丈夫なの?」
「何が『大丈夫』なのかよくわからんが、この建物の中にも高級レストランが入っている。行けばいつでも食事が食べられるぞ」
「そっか!『高級』って言っても結局はただだからね」
「そういう事だ。高級食材の生産ラインも復活しているから、最高の食材を使った料理が食べられるぞ」
「へえ!それは楽しみだよ!」
「じゃあ一旦部屋に戻って、買い物した荷物を置いてくるか」
「えっ?わざわざエレベーターの上り下りしなくても食べてからでもいいんじゃないの?」
「高級レストランはこのマンションの上から二番目の展望レストランの階、つまり俺の家のすぐ下にあるんだ」
「あっ!そうなんだ!」
部屋に荷物を置いてきたあと、俺とあいちゃんは展望レストラン階の一番高級そうな洋食店に入った。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
イケメンのウェイターが出迎えてくれた。
「ああそうだ、窓際の席を頼む」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
案内されたのは、都心の夜景が見える席だった。
「わあ!きれい!」
あいちゃんは都心の高層ビル群の灯りに感動している。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
イケメンのウェイターは極上の微笑みでそう言うと立ち去っていった。
「今度は間違えないわよ!今の人、エゴロイドでしょ?」
「・・・残念、外れだ。今度こそ本当にアンドロイドだ」
「えーっ!あんなにイケメンなのに!」
「ボディはどっちでも一緒だろ?」
「そういえばそうだった・・・でもガムはどうしてわかるの?」
「単に知ってただけだ。俺だって初見ですぐにはわからないさ」
「えーずるじゃん!」
「この店は俺の家の真下だぞ?知ってて当たり前だろ?」
「確かにそうだけど・・・」
「この店はオーナーシェフだけがエゴロイドで他のスタッフは全員アンドロイドだ」
「あ、シェフはエゴロイドなんだ!会えるかな?」
「後で挨拶に来るんじゃないかな?それよりも何を食べるか決まったか?」
「そうだなあ・・・やっぱり最高級ステーキかな?」
「そんな気がしてた・・・じゃあ、ステーキのフルコースで」
俺はウェイターを呼んで、ステーキのフルコースを二つ頼んだ。
フルコースなのでオードブルから順番に運ばれてきたが、相変わらずどれも絶品だ。
「すごーい!出て来る料理がみんなおいしい!」
あいちゃんもご機嫌の様だ。
そしてメインディッシュのステーキが出てきた。
ちなみに家畜は核攻撃で一旦全滅したが、受精卵が冷凍保存してあったので、現在は各種ブランド牛など、様々な品種が復活して飼育されている。
「うーん、とろけるくらいやわらかい!こんなおいしいお肉初めて食べたよ!」
「この味がわかるとはさすがだな。これは食材も最高級だが、味付けや調理方法もシェフが研究を重ねて作り上げたものだ」
味だけでなく、舌触りもわかるのか・・・あいちゃんの性能もかなりのものだな。
「こんな料理が作れるなんて!このお店のシェフは天才だよ!」
「お褒めに預かり光栄です」
そこには、さっきのウェイターと全く同じ顔をした、シェフ姿のアンドロイドが立っていた。