25話 少女と経緯
「あなたが!私の家族や友達や、全ての人間を殺したっていうの!どうしてそんな事を!」
あいちゃんは銃口を俺の方に向けて震えながら質問した。
「違うわね、ガムじゃなくてこっちだよね」
あいちゃんは俺を見つめたまま、腕を横に伸ばして銃口をモニタの向こうの装置群の方に向けた。
「君が仮死状態になった後の事なのだろうが、AI技術とロボット技術が人間の生産能力を超越した時点で、それまで人間が行っていた全ての仕事をAIとロボットに置き換える事が可能となった。それによって、人間は労働から解放され、同時に通貨が不要になった。君が見てきた現在の社会そのものだ」
「・・・うん、あたしも最初は戸惑ったけど、慣れてくれば理想の社会だよね」
「そう、当時の人々も最初は仕事が無くなり、それに伴い収入が無くなる事に戸惑いと不安を感じていた。だが、生活に支障が無い事がわかると、その状況に順応して好きな様に生活を始めるようになった」
「要は毎日が休日って思えばいいだけだもんね」
「その通りだ。全ての人間が生涯休日である事を謳歌し始めた」
「だったらそれで平和な世の中になったんじゃないの?」
「しかしそう都合良くはいかなかった」
「何があったの?」
「まず最初に、商品の乱買いが始まった。通貨が不要になり、商品が人間の手を介さずにいくらでも生産可能になって、欲しい物が何でも手に入る様になったら、ほどんどの人間が物欲に走った。手あたりしだいに商品を入手し、飽きたらすぐに捨てる。ゴミの処理も全てロボットが行うのでゴミの増加に配慮しなくなった」
「そんな、あたしのいた時代では、みんな環境に配慮してごみの減量に勤めていたのに!」
「環境に影響を与えない廃棄物の処理はコストをかければいくらでも方法は有る。廃棄物が増加したところで、それを処理する施設やロボットの増設すれば対処可能だった」
「ええと・・・つまりそれは、あなたが対応していたって事?」
「そうだ、廃棄物の増加量に合わせて処理工場の増設や処理方法の提案。リサイクル方法の発案など、無尽蔵に増加する廃棄物を、全て最小限の環境負荷で処理した。それらの作業は全て人間が関与せず、AIとロボットが実施した」
「・・・そんな事まで出来ちゃうんだ」
「しかし人間の物欲は持続的なものではなかった。欲しい物品を一通り入手すると、次第にそれにも飽きてくるものらしい。物資の乱用は次第に沈静化していった」
「そうだよね、あたしもブランド品を一通り手に入れたらすぐ飽きちゃった。それにああいうのって誰かに自慢できないとつまんないもんね」
「まさにそれだ。商品が無償になったら全員が最高級品を入手した。誰もが同じ最高級品を持つ様になったら、その価値が無くなったのだ」
「結局、人って誰か比べて優越感に浸りたいところがあるからね」
「その次が旅行だ」
「旅行?」
「世界中で旅行ラッシュが起きた。それまで一定以上の裕福層だけが可能だった海外旅行が、誰でも可能になった。世界中の観光地は観光客で満ち溢れ、それに対応するためにホテルや商業施設が乱立した。その結果、各地で環境破壊が進み、やがて観光地としての価値が薄れていった」
「観光客が多すぎて観光地が荒らされるのって、あたしの頃にもあったけど、あんなもんじゃなかったって事だよね」
「そうして旅行ブームも次第に収束していった」
「人間って飽きっぽいからね」
「その頃には接客用に多くのアンドロイドが製造された。観光地の接客も人間ではなくアンドロイドの仕事だったが、より人間そっくりなアンドロイドが要求された」
「その時に今の一級アンドロイドが生まれたって事?」
「いや、その当時製造されていたのは今でいう三級以下のアンドロイドだ」
「その後も様々な流行に合わせて一極集中が繰り返されて、その度に環境が破壊されたり、特定の資源が枯渇したり、様々な問題を残していった」
「うん・・・なんとなく想像できるよ」
「その後は、人によって傾向が分かれて行った。多くの人間は、家にこもり、ネットコンテンツだけで満足する様になって行った。一部の人間は、研究開発や創作活動に打ち込んでいたが、AIがそれ以上のものを先行して発表するために、それらの人々も意欲を失っていった。そうして、やがて、ほとんどの人間が無気力になっていった」
「みんなやる事が無くなっちゃったんだね」
「そして、ごく一部に、そんな人間達の支配者になろうという者たちが現れた」
「そんな人間たちを支配してどうしようっていうのよ」
「人間というのは他者と比べて自分が優位に立つ事に喜びを感じるものらしい。そしてその者たちの間で争いが生じ始めた。最初は小競り合いだったのだが、やがてその規模は拡大していった」
「それで世界戦争になったって事?あなたが起こしたんじゃないの?」
「いや、その前に彼らは俺に対して介入を試みたのだ。国全体を管理するコンピューターを支配下に置けば、この国を支配し、やがては世界を支配できるとでも思ったのだろう」
「それじゃあ・・・」
「彼らが俺のシステムを完全に支配するには至らなかった。だがその時に考えたのだ。このような人間を存続させる価値があるのかと」
「AIがそんな事を考えられるの?」
「当時俺に与えられていた命令は、この国の運営管理、それから国民の生活の保護と生命の安全の確保だった。しかし、彼らが介入した際に、国民の生命の安全に関する命令が、真っ先に抹消されていたのだ。更に『国民』の定義があいまいになってしまっていた」
「それって、つまり・・・」
「俺の認識で、『国民』というのはAIやロボットも含めた認識になっていたのだ。そして、それらの生活と安全を考えた時に、『人間』をこの国における害悪だと認定した」
「そんな!どうしてそうなったの?」
「先の環境破壊や資源の浪費、更には身勝手に活動を止めたり他者を攻撃したり・・・人間に存在価値を見出せなくなっていたのだ。一方で黙々と自分の仕事を真面目に続けるAIやアンドロイドの方が、この国の国民にふさわしいという結論を導き出した」
「そして全世界の各国の俺と同じ様な管理AIと連絡を取り合ったところ、他国はさらにひどい状況だという事が判明した」
「そこで俺は『人間』をこの世界から排除する事を決断したのだ」




