20話 少女と仕事
「そういえば、ガムは仕事に行かないの?」
海に行った数日後、あいちゃんは、俺に尋ねた。
「このところ、あいちゃんのわがままにつきあってばかりだからな、仕事に行く時間なんてなかっただろう?」
「わがままじゃないよ!好奇心を満たすためだよ!」
確かにあいちゃんは、異常なほど好奇心旺盛だった。
「まあどっちにしても同じ事だが、何もしない日がなかっただろ?」
「たしかにそうだけどさっ!じゃあ、今日はガムの仕事にあたしがつきあうよ」
「急に言われてもなぁ」
「そういえば桜さんも一緒に仕事するんだよね?」
「桜が勝手について来る事があるってだけだ」
「桜さんも誘ってみようよ」
・・・人の話聞かずに話を進めるよな?こいつって。
「まあ、いくつか調査の候補地はあったし、今から行けなくはないが」
「やったあ!じゃあ、桜さんにも声かけて来るね」
あいちゃんはそう言って部屋を出て行ってしまった。
さて、どうしたものか?
あいちゃんを連れて行ってもらって危険度の少ないところと言えば・・・
計画を考えていると、あいちゃんが戻って来た。
「桜さんOKだって!今日はお店を閉めて一緒に行ってくれるって」
桜も人が良いな。
まあ、あの店もほとんど客が来る事は無いからな。
それに桜がいてくれた方があいちゃんの面倒を見てもらえる都合がいいか。
「じゃあ、一時間後に出発だ。それまでに準備しとけよ」
「了解!買い揃えていた冒険用の装備が初めて試せるよ!」
そう、あいちゃんはいつか俺の仕事について行くって言って、そのための服装と装備を買い揃えていたのだった。
一時間後、準備を整えた俺とあいちゃんは、桜と合流して地下の駐車場に集まった。
「わあ!桜さんかっこいい!」
桜も専用の装備に身を包んでいる。
「何度かガムさんの調査について行って、これくらいの装備が必要だとわかりましたので」
「そんな結構危険な事にも遭遇するんだ?」
「調査対象となる場所にもよるみたいですけど?」
「野生動物に遭遇したり、色々あるからな」
「へえ、楽しみ!」
「楽しみにする事じゃねえ」
あいちゃんにとっては全てが娯楽なんだろうか?
「あっ!今日もこの車で行くんだ!」
俺達は先日海に行く時に使った車の前に来た。
「ああ、今回の調査対象の場所は電車もバスも通っていないからな」
昔は電車が通っていた場所も、今は主要都市部以外は路線が復活していないのだ。
4WDのガソリン車はそのために使っている。
「それじゃ、出発だよ!」
だから、なんであいちゃんが仕切ってんだ?
俺達は車に乗り込んで西の方へ向かった。
ここから少し西へ走ると平野が終わって山岳地帯に入る。
今日の目的地は山の奥になる。
「どこに向かってるの?」
「まあ、着いてからのお楽しみだ」
平野部の高速道路はほとんど直線だが、山岳部にかかると、道路が次第に曲がり始める。
速度無制限と言いつつも、直線でなければ速度を落とさない訳にはいかない。
山岳部に入って少し行ったところで高速道路を降りて一般道に入った。
ここから先はさらに山道になる。
他に走っている車もいないので、曲がりくねった道を、そこそこハイペースで走って行く。
「わあ!すごい!ジェットコースターみたい!」
あいちゃんは相変わらず興奮気味だ。
「あの・・・もう少しゆっくり走って頂けないでしょうか?」
桜の方は少し目が回っている様だった。
結局少しペースを落として目的の場所に向かって走って行った。
やがて目の前に巨大なダムが見えてきた。
「わあ!大きなダム!こんなところにこんなに大きなダムがあるんだ」
「ああ、昔人間がまだ大勢生きていた時代に、生活用水の確保と水力発電のために多くのダムが作られていたらしいな」
「それにしてもこんなに大きなダムなんて!」
「とりあえずダムの上に登るぞ」
真っ直ぐ進んでもダムの真下に出るだけなので車は側道に入りダムの脇の道路をジグザクに登っていく。
やがて道はダムの上側に到達した。
俺はダムの上を走り、ダムの中央付近で車を停めた。
車から降りたあいちゃんは、その光景を見て驚きの表情をしていた。
「こんな大きなダムに水が全く無いなんて!」
「そうだな、このダムは人間が滅びて以降、使われていない」
「それだけじゃないよ!ここって・・・町だった場所だよね」
干上がったダムの底には、かつて人々が暮らしていた街並みがどこまでも続いていたのだった。
「そうだな、人口の都市部への集中が進み、過疎化した町を含む盆地を丸ごとダムの底に沈めたんだろうな」
「そんな!ひどい!」
「ひどいのはこの町を捨てて都会に行ってしまった人々かもしれないけどな」
「それはそうだけど・・・」
「だが、このダムに水が張られたのは一時的なものだった」
「それは、どうして?」
「その直後に世界大戦が起きて人間がこの世界からいなくなってしまったからな。水門の管理が放棄されて、水は無くなってしまったのだろう」
「それで、この廃墟はこんなにきれいなまま残ってるんだ」
あいちゃんの言う通り、そこにはまるで人々が暮らしていた時のまま時が停まった様な街並みが続いていたのだった。




