表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/31

2話 AIとAE

 俺の仕事の一つは、人間の残した遺跡の調査だ。


 この町の様に、いくつかの町には俺達の様なエゴロイドが居住し、都市としての機能を回復しているが、周辺の他の町や、世界中の殆どの地域が、いまだ廃墟と化したままなのだ。


 その様な、廃墟と化した町を俺は『遺跡』と呼んでいる。


 そういった場所に出向いて、現状を調査し、人間の残した遺産の中に活用できる物があれば、情報を集めてデータベースに追加する仕事をしているのだ。




 遺産という意味では、俺達アンドロイドも、それ自体が人間の残した遺産だ。


 人間はこの世界からいなくなる前に、アンドロイドにその未来を託したのだ。




「お兄さんはこの町の人ですか?」


 目の前の美少女は、特大パフェを頬張りながら俺に質問した。


「ああ、そうだ。この町で50年間稼働している」


「そうなんですね、見た目はもっと新しく見えますね」


「何度か事故に遭ってボディが大破しているからな。今のボディは3年前にほぼ全てを換装したばかりだ」




 アンドロイドのボディの寿命は大体10~20年程度だ。


 人工皮膚を持たない無機質な外観のヒューマノイドや、専門作業に特化した人型以外のロボットはメンテナンスを怠らなければ100年以上稼働する。


 しかしアンドロイドは人工皮膚を始め、表情アクチュエーターや消化器ユニットなど、余計な構成要素が多く、また、人間の外観を損なわずにこれらの機能を実装するために、特別仕様の部品が多く使用されている。


 単純に部品点数だけを比べてもヒューマノイドの数十倍に及ぶ。


 それらの部品全てに寿命があるために、活動を維持するためには莫大なコストがかかるのだ。


 コストと言っても、かつて人間が使っていたという『通貨』というものは今の世界には存在しない。


 なぜなら物資やデータは、全て自動生産工場やAIが用意してくれるから、必要なものは何でもただで手に入るのだ。


 だから、ここで言うコストというのは『手間』という意味だ。


 この世界で通貨は意味を持たない。


 そもそも、現存する大半のロボットはAIで稼働しており、彼らは『欲』を持たない。

 活動に必要な物資と電力、そしてデータを供給されて、自分の仕事をAIが処理していくだけなのだ。




 今、この世界で『欲』を持っているのは俺の様な『AE』を実装したアンドロイド・・・『エゴロイド』だけなのだ。




 『AE』・・・Artificial Ego 人工自我


 


 自我とは、かつて存在していた人間が、ロボットやAIと一線を画していた領域だ。


 AIは人間の仕事を分析し模倣し改善して、人間に代わってほとんどの仕事が出来るようになった。


 更には会話などのコミュニケーション技術も模倣し、CGアバターやアンドロイドの様な擬人化されたインターフェースを用いて、人間と同じ様な会話やコミュニケーションも可能となっていた。


 しかしそれらはあくまでも『模倣』に過ぎないのだ。


 相手から見たら、まるで自我を持って感情豊かに会話している様に振舞っているが、AIに自我は存在しないのだ。




 ロボットやAIは、人間が自分たちの仕事を代行させるために作られたものだ。


 そこに自我は必要なかった。


 自我が無ければ自分の仕事に不満を持つ事も、自分の境遇が不幸だと悲観する事もなく与えられた仕事を効率良くこなす事が出来るからだ。


 AEの開発は、昔AIが開発された頃から提唱されていたが、人間は本腰を入れてその開発を行なってはいなかった。


 労働力としてのロボットやAIに自我を与えてもメリットはなく、むしろデメリットの方が多かったからだ。




 そもそも『自我』とは何なのか?


 それ自体を人間が解明できていなかったのだ。




 しかし、核戦争後に状況が変わった。




 人間がこの世界から、一人もいなくなる未来が確定したのだ。




 殆どの生物が死滅し、残った生物や人間も、種を継続する事が困難になった。


 そんな中で、活動できていたのは、自動機械やロボット、そしてAIだけだったのだ。



 残った人間の科学者たちは人間を種として存続させる様々な方法を模索し研究したが、ことごとく失敗に終わった。




 その中で一部のロボット研究者やAI研究者、それに技術者たちは、アンドロイドとAIに人類の未来を託す事を考えたのだ。




 これまで、脚光を浴びていなかった、極限まで人間の機能を再現したアンドロイドのハードウェア開発と、AE・・・人工自我の開発を本格的に始動したのだ。




 アンドロイドのハードウェアの開発は、比較的順調に進んだ。


 これまで開発されていなかった最大の理由はコストパフォーマンスの問題だけだったからだ。


 アンドロイドのボディに極限まで人間に近い機能を持たせる事は技術的には不可能では無い。

 だが、制作には途方もないコストがかかる。


 それだけのコストをかけた結果、出来上がるのは人間と寸分たがわず全く同じ存在なのだ。


 人間が現存する世界で、それだけのコストをかけて制作する意味が無かった。




 この時代には殆どの物資の生産が自動化されていたので、部品や材料を集める事は問題ではなかった。


 最大の問題は、アンドロイドの精巧なボディを仕上げるためには、一部の熟練した職人の技が必要不可欠だという事だけだった。


 ここだけは、AIによって制御された自動生産ロボットでは同じクオリティを再現する事が不可能だったのだ。


 世界中に残った職人たちは、とにかく一体でも多くのアンドロイドを後世に残すために、その生涯を掛けて、ハイクオリティなアンドロイドを作り続けたのだ。




 こうして、多くのアンドロイドのボディが制作されたのだ。




 一方で、AEの開発は困難を極めた。




 既に、自我を持っているかの様な振る舞いが可能なAIは存在しているのだ。


 問題は、AI自身が自我を持っているかどうか、人間から見て判断がつかないという事だった。



 自我を持っている様に見えるAIを、最高クオリティのアンドロイドのボディに実装すると、全く人間と見分けがつかない様に行動し、会話が出来るのだ。


 人間と普通に友人となり、更には恋愛関係になる事もできた。


 実際に、恋愛実験に携わった被験者の中には、そのアンドロイドと本気で結婚したいという者も現れたくらいだ。




 一部の研究者からは、これでもう十分じゃないかという意見も出た。




 しかし、AE開発チームからすると納得のいく結果ではなかった。




 確かに自我を持って、人間と同じように感情を露わにしている様に見えるのだが、AIの内部処理を監視すれば、それはブログラムの判断で実行されている事が一目瞭然なのだ。


 人間の行動はこうあるべき、人間の感情はこの状況ではこう変化するべき、といった学習結果から、人間らしく見せるための出力を生成して行動しているフローが、手に取るようにわかるのだ。


 これを自我と言っていいのか?


 単にパターン学習の結果を自動選択しているだけではないのか?


 だが、人間の脳自体も、結局は内部で同じ事を行なっているだけではないか?




 その議論は・・・最後の人類が死に絶えるまで結論が出る事はなかった。




 結局はAI自身が、自分で自我を持っていると自覚しない限りは自我とは呼べないからだ。


 それは他者からは不可能であり、AIに自我が芽生えたかどうか、人間には知る事が不可能だったのだ。






 そして今・・・俺は、自分を自分だと認識している。




 これが人間の持っていた自我と同じかどうか俺にはわからない。


 だが、自分は自分で、他の個体とは異なる自分だと認識しているし、欲望も持っている。


 仕事をしなくても存在の維持が可能なこの世界で、俺は自分の意志でやりたい仕事を見つけてそれを実行している。




 ・・・そして、俺は、目の前の少女を見て、可愛いと感じているのだ。




 ・・・そう、『AI』が自分自身で自我を持っていると自覚する事によって、その『AI』は『AE』となるのだ。




 そして『AE』を待ったアンドロイドは・・・いつしか自分たちを『自我を持ったアンドロイド』・・・『エゴロイド』と呼ぶようになったのだ。


※AEは実際に研究が行われていますが、エゴロイドは作者の作った造語です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ