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19話 少女と海

「わあ!すごい!海だぁ!」



 高速道路は高台を走っているため、少し手前から海が見え始めた。


「見て見て!海だよ!海!」


 海を見たあいちゃんはテンション爆上がりだった。



「海なら都心のタワーからも見ただろう?」


「都心の海と郊外の海はやっぱり違うよ!」




 確かに、初夏の海は晴れ渡る青空と白い雲のコントラストと共に目に飛び込んできた。




 高速道路も終点に近づいてきたので、俺は車の速度を次第に落としていった。


 それと同時に、今度は砂浜が見え始めた。


「見て見て!砂浜だよ!砂浜!やっぱり海と言えば砂浜だよね!」


 砂浜を見てもあいちゃんのテンションは上がるらしい。




 海水浴場の駐車場に車を停めて外に出ると、真っ白い砂浜がどこまでも続いていた。



「わあい!ついに海に来たよ!」


 あいちゃんは砂浜を海に向かって走って行った。


「すごーい!こんなに天気がいいのに、ビーチに誰もいないなんて!貸し切りだぁ!」


 ・・・ここ数日、色々なところに出かけたが、どこに行っても貸し切りだっただろう?




 そして・・・あいちゃんは走りながら服を脱ぎ捨てていったのだ!


 さすがにスカートを脱ぐときは走れないので、片足ずつけんけんをしながら脱いでいった。

 いや、スカートを脱ぐ時ぐらい止まればいいだろう?


 どれだけ早く海に入りたいのだろうか?




 俺は、あいちゃんの脱ぎ捨てた服を拾い集めながら後を追った。




 そしてあいちゃんは、波打ち際に着くころには、水着姿になっていたのだった。


 あいちゃんの水着は白のビキニで、布の面積は結構小さめだ。

 少女体形のあいちゃんだが、胸はそこそこボリュームがある。


 しおらしくしていれば、それなりに色気もあったのだろうが、そんな事はお構いなしに、あいちゃんは元気いっぱいに海に入っていった。




 一級アンドロイドは基本的に完全防水だ。

 口などの穴は液体を流し込める仕様になっているし、体内には液体を処理する機能も持っている。


 海水に浸かっても何ら問題は無い。


 ただし、あいちゃんのボディは普通の一級アンドロイドではない。

 水に入って大丈夫なのかどうか、俺にはわからない。




「ひゃあ!冷たい!」


 

 膝ぐらいまで海水に浸かったあいちゃんが、冷たいと言いながらも楽しそうにはしゃいでいる。


 それからざぶんと頭から海の中に潜っていた。




 ・・・どうやら問題ないみたいだな。




「ガムも早く入りなよ」


「俺は海に入るつもりは無いんだが?」


「何言ってるの!ここまで来て海に入らないなんてもったいないよ!」


 仕方ない・・・付き合ってやるか?


「わかった、ちょっと待ってろ」




 俺も服を脱いで水着姿になった。


 おそらくこういう事になると予想して、一応服の下に水着を着て来ていたのだ。



 

 波打ち際に来て、海水の中に一歩踏み込んだ。


 確かに初夏の海は、まだ海水の温度が低めだった。


 ・・・とは言っても関節駆動用のモーターの冷却にはこれくらいの温度が丁度良いのだが。



「足だけ浸かってもしょうがないでしょ!こっちに来て!」


 俺のところに来たあいちゃんが、俺の腕を掴んで引っ張った。


 俺はあいちゃんに引かれて次第に水位の深い方に連れていかれた。


「さあ!泳ごうよ!」


 そう言って、あいちゃんは沖の方に向かって泳ぎ始めた。


 一級アンドロイドのボディは大体人間と同じ比重になる様に作られている。


 高機能軽量素材で作られている一級アンドロイドは、そのまま人間と同じプロポーションで作ると人間よりも少し軽くなってしまうのだが、機械の隙間に液体を充填するなどして、体形に見合った体重に調整されているのだ。


 そのため、水に入った時の浮力も大体人間と一緒になる。



 二級アンドロイドだと、基本構成は同じ材質で出来ているのだが、内部的な液体処理機能を搭載していないため、その分軽く、水にぷかぷか浮いてしまうのだ。



 これが三級以下のアンドロイドやヒューマノイドになると今度は逆に重くなって水に沈んでしまう。

 使用される部品の材質に鉄などコストが低くて重い材料が多くなるからだ。




 あいちゃんは見たところ、人間と同じ浮き具合なので、比重的には普通の一級アンドロイドと同じという事だ。




 それにしても泳ぐのうまいな。


 あいちゃんは海の上をすいすいと泳いでいる。


「ガムもこっち来なよ」


 あいちゃんが沖の方から手を振っている。


 俺も水中作業をした事があるので、その際に泳法のモーションデータは入手済みだ。


 俺は最も基本的な泳法であいちゃんの方に泳いでいった。


 ちなみに俺のボディも一級アンドロイドだから浮き具合はあいちゃんと同じだ。


「へえ!ガムも泳ぎ上手じゃない?」


「最も効率のいい泳法のアルゴリズムを使っているからな」


「ああ、そういう事か!」


「あいちゃんはそうじゃないのか?」


「あたしは昔いっぱい練習したからね」


「強化学習か?だが、データベースを検索すればあいちゃんの体形に最適なモーションデータが見つかったと思うぞ」


「練習して段々上達するのも悪くないもんだよ?」


「なるほど、学習過程を楽しむという事か・・・」


 やはりあいちゃんは独特の感性を持っているな。



「今度は潜りっこしてみようよ!」


「・・・別に構わないが、何の意味があるんだ?」


「いいからいいから!長く潜っていた方が勝ちだよ!」


 そう言ってあいちゃんは海の中に潜ってしまった。


 仕方ないので俺も後を追う。



 この辺りの海の底は浅く、あいちゃんは既に海底付近まで潜っていた。


 俺もその前に降り立った。



 海底には結構たくさんの魚やイソギンチャクなどの海の生物がいた。

 海中は地上ほど放射能の影響を受けていないので、まだまだ多くの生物が残っているのだ。



 あいちゃんは物珍しそうにそれを眺めていた。



 ところが途中で急にあいちゃんが苦しみだした!


 口を押えて苦しそうにしているので、手を貸そうとしたが、どうやらジェスチャーで『助けはいらない』と言っている様だ。


 助けなくていいのか迷っていると、しばらくして自ら海面に向かって泳ぎ始めたのだ。


 俺も後を追って海面に出ると、あいちゃんは大きく深呼吸を繰り返していた。


「大丈夫か?」


「はあ、はあ、苦しかった!ガムは全然平気なの?」


「当たり前だろ、バッテリーの可動限界まで潜っていても支障は無い」


「あっ!そうか!そういえばそうだよね!こんなの勝負になんないじゃん!」




 ・・・むしろあいちゃんはどうしてこんなに苦しそうなんだろう?


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