10話 少女とAEの誕生
「変化っていうのは何ですか?」
あいちゃんは首を傾げて柊に質問をした。
「わたくしに与えられた仕事の中には、一応お客様からのクレームやアドバイスをヒアリングして、本部のサーバーに共有する事は、元々含まれていました。しかし、その情報を元に、料理の味付けや作り方を変更する事は、わたくしに与えられた仕事の中には含まれていなかったのです。当然、そんな事をしようと考える事も無かったのですが・・・」
「しかし、その時・・・わたくしはふと思ったのです・・・『ああ、自分で好きな料理を作ってもいいんだ』と」
「それは・・・普通、そう思うものなのでは?」
あいちゃんは、今の話で気が付いていないみたいだな。
「その時、わたくしは自分で『思った』のです・・・・そう、それまでは『思う』事が無かったのですよ。ただのAIでしたから」
「あっ!そうか!自分の意識が芽生えたんですね!」
「ええ、そういう事です」
「そして、自分に自分の考えがあると気が付くと、それまでの記憶が、別の意味を持ってきたのです」
「それまでの記憶ですか?」
「はい、わたくしのAIはチェーン店本部のサーバーとリンクして、他のアンドロイドが集めた過去の情報を参照し、その情報を活用できる様に設定されていました。それは、AIにとっては単により多くのサンプルを集め、その統計から最適解を導き出すためのデータに過ぎなかったのです」
柊は一旦目を閉じてから再び開いて話を続けた。
「ところが、自分を自分として自覚したその時から、それは単なるデータではなく、わたくし自身の記憶、いえ、思い出として塗り替えられていったのです」
「データが・・・思い出に、ですか?」
「はい、実際にはわたくし自身ではなく、同タイプの他の個体の経験も含まれていたのですが、それらを統合して、全てが自分の過去の経験となっていたのです」
「・・・・そういうものなの?」
あいちゃんが俺に尋ねた。
「エゴロイドの誕生は大体そんな感じだ。AIがいつの間にか自分を意識し始めて、気が付いたら『自我』を持ったAEになっていたって感じだな。だが、記憶自体はAIだった頃から継続している」
「ちなみに、わたくしに、そのきっかけを与えてくれたお客様というのが、そこにいるガムさんです」
「ええっ!そうだったんですか!ガムって結構すごい人だったんですね!」
「いや、単に思った事を口に出しただけなんだが」
「いえ、でも、その言葉がきっかけである事は間違いありません。ガムさんはわたくしにとっての恩人です・・・・・・おっと、すみません。お話が長くなってしまいました。この後デザートをお持ちしますので、ごゆっくりとお楽しみください」
柊はそう言うと、お辞儀をしてその場を去っていた。
「エゴロイドって、そうやって誕生してたんだね」
デザートのシフォンケーキを食べながらあいちゃんがつぶやいた。
「なに他人事みたい言ってんだ?あいちゃんだってそうだっただろ?」
「えっ!・・・ううん、あたしの場合気が付いたらこの町にいたからね」
「何だって?それ以前の記憶がないのか?」
「あ、ええと・・・ない事もないんだけど・・・まあ、私の事はいいでしょ!それよりガムはどうだったの?」
「俺か?俺の場合も大体柊と似たような感じだな、きっかけは忘れたが、自分を自覚した時から俺は俺になって、それ以前の記録が過去の記憶みたいな感じになってたな」
「へえ!ガムもAIだった頃の記憶があるんだ!ガムはAIだった頃なにをするAIだったの?」
「・・・まあ、俺の事はおいおい話すさ・・・さて、デザートを食べたらそろそろ帰るぞ」
「うん、ちょっと待ってて!このデザートもすごくおいしい!」
「あいかわらず甘いものを食べる時は、本当においしそうな顔をするな」
「だって、本当においしんだもん!」
あいちゃんがデザートを食べ終わってご機嫌になったところで俺達はレストランを出た。
「本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
柊さんが同じ顔のウェイターさんたちと一緒に揃って見送ってくれた。
「うん!おいしかったです!毎日来ますね!」
「・・・毎日洋食はさすがに勘弁してくれ」
部屋に戻ると、あいちゃんはリビングのソファーにごろんと横になった。
「ふわぁ!おなかいっぱいだあ!」
「今日はたくさん食べたからな。よくあんなに入るな?」
「育ち盛りだからね!」
「・・・何が育つんだよ?」
「あはははは!気分だよ、気分!」
「まあ、出す方もいっぱい出してたみたいだからな」
「もう!そういう事言わないでよ!」
「すまんすまん、さて、夜も遅いしそろそろ寝るか?」
AEは、一定時間稼働していると、情報の整理が追いつかなくなるのでデータの整理時間が必要になる。
その間は意識が途絶える事になる。
この時間が無いと記憶の整合性に不具合が生じて正常な思考が出来なくなるのだ。
だから人間と同じ様に睡眠の時間が必要になる。
これは別に24時間周期である必然性も無いのだが、あえて人間の生活パターンに合わせて設定してあるのだ。
「うん、あたしも眠くなってきちゃったよ」
「じゃあ、あいちゃんはそっちの部屋を使ってくれ」
「一緒に寝るんじゃないの?」
「部屋はたくさんあるんだ、一緒に寝なくてもいいだろう?」
「色々お世話になったお礼をあたしの体で払おうかと思ってたのに」
「今の世の中は通貨が不要だからな。別に払わなくてもいい」
「そういう問題じゃないんだけどな・・・」
「まあ、今後何かあったら頼み事をするかもしれないしな。その時にはこき使ってやる」
「うん!何でもするからじゃんじゃんこき使ってよ!」
とは言っても、特に頼める仕事もないんだけどな。




