1話 最後の少女
新連載スタートです。アンドロイドが主人公のSF恋愛ものです。
この世界から人間がいなくなったのは何年前の事だったのだろう。
三百年前に起きた世界大戦で、地上の全ての国が核攻撃の対象となった。
使用されたのは中性子爆弾。
物理的な被害は軽微だったが、生物は殆どが死に絶えた。
地下シェルターなどに避難して生き延びたわずかな人間も、放射能による後遺症で出生率が低下し、病気による死亡率も上昇、次第にその数を減らしていった。
最後に人間が確認されたという記録が何年前の物だったか・・・
俺が製造されるより前なのは間違いない。
俺は製造されてから50年になるが、人間には一度も会った事が無い。
その間、人間が確認されたという話も聞いた事が無い。
人間はその性質上、個体数が少なくなると繁殖が困難になる。
そもそも遺伝子が破壊されて、まともな繁殖が出来なくなっていたのだ。
おそらく、もうこの世界に人間は残っていない。
誰もがそう考えていた。
そうすると・・・今、俺の目の前にいるこの少女は、一体何者なのだろう?
「ありがとうお兄さん!あたし、おなかぺっこぺこだったんだぁ!」
喫茶店のテーブルの向かいでは、美少女がおいしそうに特大パフェを食べている。
見た目は俺と同じ、復元レベル一級の『アンドロイド』だ。
『復元レベル』というのは、かつてこの世界に存在していた『人間』に極限まで近づけたアンドロイドの外観的品質を表す。
『アンドロイド』・・・人間型ロボットの中でも、外観が人間に酷似したタイプの呼称だが、そのクオリティによって復元レベル一級から六級までが存在する。
ただ外観が人間と認識できるというだけの六級から、級が上がる毎により本物の人間に近づいていく。
三級以上になると、外観的には生身の人間とほとんど区別がつかなくなる。
二級では、体毛や皮下の毛細血管まで再現されて間近で見ても区別がつかない上に、瞬きや呼吸などの動作も完全に再現されている。
そして一級になると、食事や排せつ機能、汗や涙を流す機能など、生身の人間の持つほとんどの機能が、寸分たがわずに再現できる様に作られているのだった。
目の前の少女は、おいしそうにパフェを食べている事から、一級である事は間違いない。
アンドロイドであるならば・・・だが。
外観年齢は15歳くらいだろう。
容姿的にはAランク・・・もっとも美しいとされる外観を持つ。
・・・とは言っても、かつての人間の価値観による基準であって、何が判断基準となってランクが決められたのかは定かではないが、現在のロボット社会において、外観の判断基準として定着してる。
もっともエゴロイドは各自のAEによって好みがわかれるので、あくまでも基準としての話だ。
しかしながら俺のAEは、この少女をかなり可愛いと認識しているのだから、あながち間違ってはいないのだろう。
そしてこの陽気で奔放な振舞からすると・・・この少女もAEを実装している『エゴロイド』だと推測される。
「おいしいですよ!お兄さんは食べないんですか?」
口の周りにクリームをつけた少女が無邪気に微笑む。
俺のAEはその仕草の一つ一つに、いちいち可愛いと反応してしまう。
本来、ロボットのとってこんな反応に意味は無いのだが、AEはそういう反応をしてしまうのだ。
「俺はコーヒーでいい」
アンドロイドである俺は、充電さえすれは食事をする必要はないのだが、一級アンドロイドのボディを持つエゴロイドは、味覚や食事を楽しむ機能が搭載されており、俺も娯楽として食事はしている。
コーヒーの味は俺のお気に入りだ。
「コーヒーもおいしいですけど甘いものも良いですよ!」
そう言って少女はスプーンを俺の口に突っ込んだ。
口の中に甘いクリームの味がひろがる。
一応、糖分や炭水化物を摂取すると、そこからエネルギーを吸収する事も可能だ。
・・・しかしこれは・・・人間の文化でいうところの間接キスというやつではないだろうか?
アンドロイドにとっては意味が無い事だが、エゴロイドは実装されたAEによってこういった行為にも反応する。
俺のAEは、美少女との間接キスという行為に『ときめく』という反応を示していた。
「ふふっ!あたし達、間接キスしちゃいましたね!」
・・・こいつ、わかっててやったのか?
「こんな行動に意味は無いだろう」
「でもお兄さん、あたしの事意識してますよね?」
・・・そう、意識はしている。
出会った時から気になっているのだ。
俺の様な復元レベル一級のアンドロイドでも、決定的に人間と異なる事がある。
それは・・・モーターの駆動音だ。
静音型モーターという、極めてメカニカルノイズの少ないモーターを使用してはいるものの、完全に無音という事はあり得ない。
俺の耳に搭載された高性能マイクは、感度を上げればアンドロイドの体内の微弱なモーターの動作音も聞き取る事が出来てしまうのだ。
・・・ところが・・・この少女からは一切のモーター音がしないのだ。
忙しなく手と口を動かし、目まぐるしく表情を変えているにも関わらずだ。
俺が今まで遭遇したアンドロイドの中で、ここまで音が発生しないアンドロイドはいなかった。
当然、モーター以外の可動部品や、人工皮膚の摩擦音など、アンドロイドの体内では様々な音が発生する。
彼女の体内からも音は発生しているのだが、その中にモーター音が存在しないのだ。
そして・・・それ以外の音も、俺や他のアンドロイドのいずれとも異なり、今まで聞いた事の無い異質な音なのだ。
かつて存在した本物の人間は、一切の機械音がしなかったという・・・
まさかとは思うが・・・この少女は・・・・・人間の生き残りなのだろうか?
次回はAEについての解説です。
3日後の投稿を予定しています。