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朝、朝食を頼もうと宿の食堂に行くと、宿の主人がいた。
「無事だったか。何よりだ」
帰りが遅くなったことを心配してくれていたようだ。弁当のお礼と、次の探索時にも欲しいと伝えると、宿の主人は怪訝な様子だった。
「今日の分はいいのか?」
今日は探索を休む予定だ。街を見て回ろうと思っている。
「なんだ、駆け出しにしては余裕があるな、いいことだ。それなら、始まりの勇者と魔王の美術館はどうだ?」
始まりの勇者と魔王。初耳だった。
「古に封印された二人をそう呼ぶ。気になるなら行ってみるといい」
勇者。色々なおとぎ話に登場する主人公という印象だ。現代にも勇者と称えられる人がいるとは噂に聞いている。
魔王。一人の魔王が長年支配している地域があり、人間の地域と敵対関係にある。それとは別の、古の魔王が存在するとは知らなかった。魔王も称号として受け継がれたものなのだろうか。
気になるので行ってみたいが、魔石の換金を済ませたあと、まずはズタ袋を肩に引っさげて銭湯に寄った。
石鹸で頭から体中を洗い、桶にすくった湯で全身を洗い流した。
冒険者は不潔が基本だ。身だしなみに気を配る余裕がない人ばかりだし、その中に紛れると気にならなくなってしまう。
俺も気にならないが、もし女神と会えたとしたら、と考えると、なるべく清潔な姿でいたいと思った。
さっぱりした身と心で街を練り歩くと、冒険者として必死だった目には映らなかった景色が見えてきた。
俺の故郷にはいなかった亜人を見かける。
ネコのような人間と、人間のようなネコの二人組がいた。一方は、ネコの耳や尻尾を生やしているが人間に見える。一方は、大きさや二本足で立って歩く姿は人間と同じだが、顔立ちや体を覆う体毛はネコそのものだ。
人間は彼らを亜人と呼ぶが、彼らは人間も亜人と呼ぶ。彼らが言うには、俺はサルのような人間、サル人間だそうだ。
サル人間以外の亜人が大勢暮らす国の代表が、魔王の国だと聞いたことがある。亜人にはそれぞれ特性があり、サル人間と相性の悪い亜人が集まっているので仲が悪いらしい。
古の勇者もただの人間ではない。この勇者と魔王の美術館に来てみて、その片鱗を知れた。
美術館に飾られている美術品は、人間だ。生きたままの姿で、時間が止まった瞬間を空間ごと切り取られ、ショーケースの中に封印されている。
傷ついた騎士、麗しい姫、スーツを着た政治家、白衣を着た研究者、その他にも数えきれない人々が集められ、再び人生の続きが始まる日を待ち続けていた。
この所業の元凶が、古の魔王だ。かつて世界を支配したとされるその本人が、大広間中央のショーケースの中にいた。
不気味な化粧を顔に施していて、共に封印されている者の手を取りひざまずき、羨望の眼差しで見上げている。
名前も、どんな魔王だったのか、なぜこうなったのかも正確には分からない。今の人類が知り得る最古の歴史、文明崩壊以前の、先史文明の時代から存在しているため、資料が乏しい。
確かなのは、強力な魔法によって封印されていることだけだ。封印を解く術がなく、どうしようもないまま年月が過ぎ去っていった。
どうにかして解放できないものか。特に、魔王と共に封印されている、覚悟と悲しみの深い古の勇者を見ると、そう思わずにはいられない。
凛とした勇者には、亜人の特徴が見られた。頭に悪魔の角が生えていて、頭上に天使の輪っかが浮かんでいる。別々に持つ人はいるが、両方を併せ持つ人は見たことがない。
彼らはどんな人生を送っていたのだろう。もし目覚めたら、遠い昔を生きた人々の目に、変わり果てた現在の世界はどう映るのだろう。想像が膨らんで止まなかった。