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魂の迷宮という名のダンジョンの探索が、俺の冒険者生活の始まりだった。
王都の地下深くへ広がる魂の迷宮には、この世のすべての死者の魂が吸い寄せられ、モンスターと化してはびこっているらしい。
王都の路地裏に、用水路の水が流れ落ちる穴があった。人が通れそうな大きさの穴だ。
魂の迷宮の入り口は、無数にある。有名な入り口は、整備されて立派なたたずまいになっているが、深く潜る冒険者向けの侵入口とされている。
ここなら俺に丁度良さそうだ。穴から地下の下水道に降りた。地下下水道は、整備点検用に人が通れる広さになっていた。
ランタンを掲げて進む。どこまで下水道なのか、どこからダンジョンなのか分からない。繋がってしまっているのかもしれない。
下るほど徐々に通路が広くなっているのは確かだ。深い階層ほど広く、巨大なモンスターもいるらしい。
前方から物音が聞こえてきたので立ち止まった。暗闇から明かりの中に姿を表したのは、さまよう骸骨のモンスター、スケルトンの二足型だ。
モンスターは、今回のような元人間を含む人型なら二足型、獣に多い四足型、それより足があるなら多足型と分類され、無足型や有翼型なども存在する。
二足型は武器を使う。このスケルトンもナイフを持っている。
拾っておいた石をスケルトンに投げつけた。頭蓋骨が砕けて吹き飛んでいった。
動かなくなったスケルトンは、灰と化して崩れ落ちた。ダンジョン戦闘初勝利だ。
二足型の灰を探り、飴玉くらいの大きさの魔石を見つけた。魔法の源である魔力が秘められた、紫色に輝く宝石のようにきれいな石だ。意思のある生き物の体内に存在するとされていて、人間も例外ではない。
魔石は様々な用途に利用される。例えば、ランタンの明かりも、光を放つ魔法をかけた魔石が使われている。
魔石には、罠の魔法が封じられていることもある。触れると、毒にかかる、爆発する、どこかに飛ばされる、女神が現れる、などが身に降りかかる。
この魔石の換金がダンジョン探索の主な収入源だ。大事に袋に入れて、錆びたナイフもお金になるかはわからないが拾っておく。
その後もモンスターを討伐しながら魔石や素材を拾っていき、空腹を感じたところで帰還した。
地上に這い出ると、街は夕暮れに染まっていた。
戦利品の換金は明日に持ち越すしかない。なけなしの硬貨を握りしめ、近くの屋台で飯を買った。頬張りながら人混みを縫うように目的地へ向かった。
いつもお世話になっている教会に着いた。エリクシア教という教団が運営する教会で、家のない貧しい信徒に寝床を提供してくれている。
屈強な門番相手に信徒の証を示して通してもらう。日が落ちると閉じられるのでなんとか間に合った。
本棟とは離された別棟の大部屋が寝床だ。床に敷いたござの上に、畳まれた布が整列して置いてある。寝台はなく、布にくるまって床で眠る。
他には水瓶、汲取式のトイレくらいしか目ぼしいものはない。窓には鉄格子がはめられていて、扉を閉めて鍵をかけられれば朝まで出ることはできない。
まるで牢屋だが、清潔に保たれていて雨風にさらされずにすむため、ありがたい。余った布を二つ拝借して、リュックを枕に横になった。
俺の他にもここのお世話になっている人のいびきや、明らかに体調が悪い咳の音色に包まれながら目を閉じる。
夢を見た。幼い頃の夢だ。
魔石に触れると、美しい女神が目の前に現れた。そして、憂いを帯びた表情の女神に、優しく抱きしめられた。しばらくそうしていると、女神は次第に霧のように消えていった。
女神の抱擁と呼ばれる、非常に珍しい罠だ。この罠に当たった者は、体が強くなる、病気や怪我が治る、幸運が訪れる、などの恩恵を授かると伝えられている。
当時の俺は、痛々しいほどにひ弱だった。痩せこけた小柄な体、食が細いため無理やり食べれば吐いてお腹を下し、体調を崩しやすく頻繁に熱を出して寝込む。家族の助けがあって辛うじて生きていたが、長生きはできないと思っていた。
そんな俺を哀れに思ったのだろうか。俺は女神から恩恵を授かった。それは、鍛えれば鍛えるほど体が強くなる、というものだ。日に日に体調も食事の量も体つきも改善していき、人並みに成長することができた。
名も素性も誰も知らない女神に、いつか感謝を伝えたい。忘れられない光景を懐かしく夢見ながら、眠りについた。