16
扉の前で説教が始まってしまったため立ち去ることも出来ず、部屋の中で椅子に座りながら彼らのやり取りが落ち着くのを待つ。時折助けを求めるように男がこちらをチラチラと見ているような気もするがきっと気の所為だろう。
またしてもぼーっと目の前に淹れられた紅茶か何かを飲みもせず見つめていると、いつのまにかベルドランの説教が終わったのか静かになっているのに気がついた。ベルドランと男の方を見ると、2人とも黙って私を凝視している。私がそちらに視線を向けても何も言わずこちらを見ているので、しょうがないと思い話しかける。
「終わった?」
「あ、ああ…悪いな、待たせたみたいで。俺は」
「すみません、お待たせいたしました。こちらが第2大隊団長のサイモン・ルイスです。先程伺った条件に関しましてサイモン団長と改めて話合わせて頂きたい。」
短髪の男、サイモンの言葉を被せるようにベルドランが仕切りだす。めちゃくちゃ横で睨んでるけどいいんだろうか。それにサイモンってベルドランの上司だろうに全然敬っている感じしないんだけど。胡乱げに2人を見るが、何か知りたいわけでもないため黙って席に座らせる。
「はあ、私はただのネオ。聖魔法を使えて、アドリーとちょっと縁が合っただけの普通の人間。それで、話し合うってどうゆうこと?私はさっき伝えた条件を変えるつもりはないけど。」
「いや、聖魔法が使えたら普通の人って言わねえよ。ていうか本当にあんたが聖魔法を使ったのか?教会の奴らはもっとごしゃごしゃした見た目で魔結晶を大量に身に付けているんだが…指とか首とかに…」
「教会の人に会ったこともないからどんなかなんて知らない。聖魔法を使ったって貴方が信じられないなら、私はもう戻りたいんだけど。」
「団長、私は直接この目で彼女が治療したところを見ておりますが?」
「いやいやいやいや、そうじゃねえ!ただちょっと思ってた奴と違ってな!いや、悪かったな、疑うようなこと言って!ベルもそんな睨みつけんじゃねえ!
たく、やりずれえなあ、他の奴らを治す条件だったか?あんたのいう2つの条件、あんたを見て叶えてやりたい気持ちも出てきたが、いくらなんでも2つ目の領主様の行動を制限するのは俺らには厳しい。悪いがそれは諦めてくれねえか。」
入ってきたときの怒鳴って来たときとは違ってどうやら落ち着いて話し合いはできるらしい。それもなんだかこちらを慮るような様子だって見受けられて、逆に警戒感が高まる。
頭をガシガシと手荒く掻いて、言葉を続ける。
「それと接触禁止っつうのもちょいと厳しい。すでにこいつから聞いてるかもしれねえが、教会が人を寄越さねえから俺らは聖魔法の使い手を喉から手がでるほど探してる。あんたはおそらくどの貴族からも囲われてない俺たちが探していたフリーの聖魔法の使い手だ。このままありがとうさようならってわけにはいかねえんだ。」
「そう、残念。じゃあこれで話は終わり。」
「待て、そう結論を急ぐな。これはあんただって悪い話じゃねえ。どうせアドリーが瘴気から生還したって話は広まる。そうすりゃ教会の奴らもやってきてあんたのこと無理矢理でも連れて行くと思うぜ?それよりは俺たちと取引するほうがマシだろう。」
「?それって私を脅しているの?」
「そう悪く読み取るな!あんたは知らないかもしれないが、教会に目をつけられたらまじで逃げられねえ。街の人間に情報を売るように言いつけたり、それこそ人の派遣とかわりにあんたを差し出すように言うかもしれねえ。街を出たって一生探し回られるし、どこへだってついてくる。普通の生活なんて送れなくなるぞ。」
「だからなに?教会が嫌なら俺たちにつけってことでしょ?私のことを案じているように見せかけて、脅しと何が違うの。いい、私は誰にもつかないし、誰にも従わない。」
「…家族や、身内が襲われてもか?」
「そんなものいない。今回助けたアンナだって、ただの店と客関係なだけ。たとえ聖魔法の使い手の派遣のために差し出されそうになっても勝手に逃げるわ。たとえ差し出せなかった人がどうなろうと、ね。それともこれだけ条件を出して、私が他人の命を無視できない心優しい人間に見えるの?」
これは私の本心だ。今後アンナが教会の人間に悩まされても、私がこの街からいなくなれば無駄なことはしなくなるだろうし、例えそれで殺されてしまっても仇を取ってやるかもしれない程度だ。あの居心地のいい環境がなくなってしまうのは残念だが。
このままこの街にいたいならサイモンの言うことに耳を傾けるのも手だろう。でも私にそのこだわりはない。軍か領主直属かは分からないが、私の身を囲おうとしているのは教会と変わらないし、私の行動を制限するのも変わらない。なにより働くってことは私の眠る時間が減るってことだ。それは認められない。
彼らが自分の、そして仲間の命のために聖魔法の使い手を逃したくないのはよく分かるが、それに同情してやるほど優しい人間じゃないのだ。
「残念でした、私は誰かを助ける側の人間じゃない。」
サイモンもベルドランも黙ったまま、私のことをまっすぐ見つめてくる。私の言葉に眉を寄せるわけでもなく、ただじっと。
そうして相手の出方を待っていると、サイモンが突然笑い出す。
「ははは、そう言われりゃあ、たしかにな。あんたからしたら俺たちも教会も同じ、聖魔法の使い手だからって付け狙われるだけってことか。こりゃ何も言い返せねえな。」
「なら」
「だが、あんたはいつまでのそうやって逃げ続けるのか?たった1人、孤独に?そう考えたら、もっと逃してやる気は無くなった!」
サイモンはそう言うと、勢いよく立ち上がる。突然だったので驚いて、ぽかんとした顔をする私を置いてそのまま不敵な笑顔で話しかけてくる。
「悪いな、俺は恩人を何もせず放っておける質でも、それこそ恩人を逃げなきゃ行けない状態にしちまう気もねえ!
さっきの条件、領主様の行動制限と俺の接触禁止以外なら認めてやる!だが領主様には俺が直接あんたが接触を嫌っていることは伝えておく。それで嫌がらせや無理やり連れ去ろうってやんなら、俺たち第2大隊が対抗する!」
「団長!?」
「いいじゃねえか、俺たちはラクセングルを銘打ってはいるが、領主様の手足ってわけじゃねえ。俺たちはベルグ要塞の兵士、壁を守る者だ!王族だろうと貴族だろうと腰を引かせる必要はねえ。守るものは俺たちで決める!」