7.妹の葛藤
ローリスとニコラは黙ってアマルティアを見つめている。
普通、この話の流れを聞いたら、本人は気まずそうな顔のひとつもしそうなものだ。
しかし、アマルティアは向けられている二人の視線を無邪気に見つめ返しているだけである。
ニコラはしばらく、小さな眉間に皺を作って考え込んでいたが、やがてキッチンに向かうと、火を起こして調理を始めた。
妹の意図を察したローリスはアマルティアに笑顔を向ける。
「さ、立ってないで座れよ」
背中を押して、部屋の中央にある円卓へと誘う。
すぐに香ばしい匂いが部屋に再び立ち込めた。
やがて、ニコラが円卓の上にせっせと皿を並べ始める。
皿の上にはこんがり焼けた白身魚が乗り、ソテーの中央からは鮮やかな赤色のトマトソース流れ落ちて、皿の底に溜まりを作っている。隣には柔らかく茹でた野菜が添えられ、別の皿にはパンが二切れ、並んだ料理の左右にはフォークとナイフが置かれる。
ニコラはローリスの隣にちょこんと座り、二人して食べ始めた。
アマルティアはその二人の手先をじっと見つめている。
ローリスがアマルティアの視線に気がつく。
「ほら、食べなよ」
とフォークに突き刺した一切れをまた口に運んで見せた。
アマルティアは、そっと皿の両脇に置かれたナイフとフォークを取ると、見よう見まねでソテーを切り分けようとする。皿の底にナイフが擦れてキィキィと甲高い音を立てた。
やっと口に運ぶと、淡白そうな見た目とは裏腹に柔らかい身から脂が滴り出た。それに甘みのあるトマトソースが絡む。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
言葉にならない感嘆が、アマルティアの口から漏れた。
その声にローリスが目を向けた時には、アマルティアが夢中で口に食事を運んでいた。
「ははは、よっぽど腹が減ってたんだな」
食事を終えたローリスは、自分が作ったわけでもないのに頬杖をついて満足げにその様子を見ていた。
「ありがとな、ニコラ」
ローリスは愛情を込めて、隣の妹に目を向ける。
ニコラの表情が曇る。
「ううん、私、困っているこの人を追い出すところだった」
しっかり者の妹は、アマルティアをここで預かると聞いた瞬間に家計簿のことが頭に浮かんだに違いない。
「でも、しなかっただろ」
ローリスは妹の頭を撫でた。
「うん……」
何年振りかに頭を撫でられたことにニコラは照れてしまい、俯きがちにまた一口食べた。
「こんな美味しいものが作れるなんて、ニコラは凄いんだね」
アマルティアは目を輝かせて言った。彼女の前の皿は、すでに空になっている。
「お粗末さま……。材料は安物だけどね……」
ニコラはますます頬を紅潮させる。
この海底都市において、魚は安い。何せ、アクアリウムの周りには常に、光に引き寄せられた魚たちが魚群を成して周遊している。
「あぁ、でもまた肉が食いたいなぁ」
ローリスは料理を口に運びながら言う。
もう何年も魚以外の肉を口にしていない。
深海ではあるが、食肉もまだ存在する。アクアリウムの中にはかつて地上から連れてきた家畜を飼育しているところがある。しかし、場所や資源が限られることもあり、都市全体に食肉は行き渡らない。
ごく一部の富裕層だけのものと化している。
「そんなお金ないでしょ」
ニコラはつん、と不機嫌な顔になった。作った本人を目の前にして他のものが食べたいと言ったのは、まずかったのかもしれない。