77.エピローグ 〜 Lethe 〜
神の力を宿す少女は眠り続けた。
人類が滅び、世界は彼女の存在を忘れ去り、
彼女を愛した青年が魅了された、その美しい瞳に再び光を浴びるその日まで。
空には、数えきれないほどの星霜が繰り返し巡った。
混濁とした意識の中でその時の流れは一瞬のように、あるいは永遠のように感じられた。
…………
「何だ? 剣?」
男は言った。
暗い場所にうっすらと光りを放つ丸い何かがあった。
「クラウス? 何かあったの?」
女が後ろから聞く。
「ああ、人だ」
「こんな所に?」
女は驚いた声を上げる。
「剣が刺さってるわ。死んで、しまっているのかしら?」
女は屈んで、水球の中に眠る少女の顔を見つめる。
ただ、その少女の顔は、とても死人には見えない。顔は血色をおびて生気が感じられ、今にも目を開きそうなほどである。
「……どうだかな」
黒ずくめの男は、少女が入っている未知の水球の中に、ためらうことなく手を突っ込んで剣の柄に手をかけた。
「ちょっと、クラウス!?」
女は慌てるが、男は聞く耳も持たずに少女の身体を貫いている剣を力ずくで引き抜いた。
剣は、あっさりと抜けた。
引き抜いた剣は、剣先からすぐに朽ち果てていき、砂塵のように空気の流れの中に消え去った。
「なんだこりゃ」
男は不思議そうに崩れ去って行く剣を見つめた。
水球が弾けて崩れ去る。
「きゃ!?」
水球の目の前に居た女は可愛らしい悲鳴を上げる。
男はその様子が可笑しかったのか、声をあげて笑った。
「クラウス!」
女は毎度軽率な行動を取る男に怒りを露わにする。
「分かったよ、悪かったって」
男は肩をすくめる。
むせて咳き込む声が空間に反響する。
二人は正面に視線を戻した。
水球から解放された少女は蹲ると、水を地面に吐き出す。
呼吸を忘れていた人の身体に空気を吸い込み、息を整えつつ、ゆっくりと瞼を開く。
少女の大きな青い瞳は、再び光を受けて輝きを取り戻した。
少女は目の前で呆然としている二人を見た。
「あなたたちは……誰?」
少女は口を開いた。
「……ここは……どこなの? みんなは……」
少女は混乱して薄暗い周囲を見回す。石造りの祠の中らしい。
目の前に座ってこちらを覗き込む女は、心配そうな顔で見ている。どこか見覚えがあるような気もした。
「私はシルフィー」
顔を覗き込む女は言った。
「クラウスだ。よろしくな」
その背後から見下ろしている黒ずくめの男が、軽薄な笑顔で手を振った。
「それで、あなたは何者?」
シルフィーと名乗った女は聞いた。
「私……?」
少女は俯いて思い出そうとする。一体どれほどの時間が流れたのか分からないが、思考が鈍い。
しかし、すぐに色々なことが鮮明に思い起こされて行った。
人類最後の文明、海底の都市。
憎しみに歪む火神。
悲劇の聖女。
賑やかな双子の姉妹。
軍人の厳格な兄と自由で活発な妹。
料理の上手な人見知りの少女。
そして、愛した人。
彼がつけてくれた名前。
少女は自らの存在を思い出し、顔を上げる。
「私は……アマルティア」
少女は、自らを忘れ去った世界に目を向けた。
世界の忘却を経てなお、彼女の物語は続く。
ストーリー本編は完結となります。
最後までお付き合い頂きました読者の皆様、ご愛読ありがとうございました。




