76.新しい世界で
火神の身体をアマルティアの槍で貫くと、腕輪の光が槍を伝って、火神へと流れ込んでいった。
火神の身体は最後に一度、激しく燃え上がると、自らの身体を燃やし尽くして消えた。
「勝った……のか?」
一人残されたローリスは呆然と言った。まだ信じられない。
はっとしてアマルティアに駆け寄る。
「アマルティア!」
水球の中に手を伸ばす。
ローリスの手は水球を抜けて、アマルティアの頬に触れることができた。
触れた肌からは、まだ生気を感じる。
火神は「封印した」と言った。
ならば、まだ彼女は死んでいない。
あとはローデリアの「創世の種子」だけを何とかすれば。
「でも……どうやって?」
ローリスは首を傾げる。
方法を知っているアマルティアは封印されてしまった。
ローリスはアマルティアの胸の中心を貫いた剣に手をかけて懸命に引き抜こうとするが、びくともしない。
「兄さん! なんかだいぶ光ってない!?」
薄暗い街中を走るエリアが、ゼノンの左肩に抱えたローデリアを指差す。
「そんなこと言ってる場合か!」
ゼノンは飛びかかってくる屍を右手に持った剣で切り払った。
「……はな……して」
ローデリアの口が動いた。
「兄さん! 何か話してるわよ!」
エリアがべしべしとゼノンの鎧の腹部を叩く。
「ちっ……仕方ない」
ゼノンは周囲の安全を確認すると足を止めた。
二人はローデリアを地面に寝かすと、微かに動く彼女の口に耳を近づけた。
「に……げて……。にげ……て……」
ローデリアはうわごとのように繰り返していた。
多色の光が蠢く瞳ははっきり開いたまま、口だけが苦しそうに動いている。
しかし、次の瞬間にローデリアは顔を歪めて苦しそうに悲鳴を上げながら、地面の上で身体を反らした。突き上がった胸から眩い光が吹き出し、天へと向かって行く。
それを追いかけるように地面から吹き出した凄まじい衝撃と真っ白な光で、瞬時に視界が消失した。
街の一角から双子はその光を見上げていた。
「綺麗なの!」
コニーは光の柱を指差して言った。
「言ってる場合じゃないの!」
エセルは呑気なコニーを引っ張って行く。
その後ろから衝撃波が街を破壊して行った。
暗い空の下、真っ黒な海から巨大な光の柱が歪な曲線を描きながら雲を突き抜けて行く。
天から海水の雨が降った。
光の柱が一帯の海水を吹き飛ばしてしまったらしい。
地表をどす黒い瘴気が覆って以来、久しく眩い光が差した。
降り注ぐ水はその光に照らされて煌めきながら地上へと舞い降りて行く。
雲の上に伸びた光の柱の先から、巨大な光の花弁を開いた。
創世の種子から放たれた光の花は、星に根をはると、世界は花から放たれた光の粒子に包まれて行った。
花弁が開くと同時に大地を引き裂くほどの衝撃が発生し、空を覆う雲を吹き飛ばした。黒く澱む瘴気を降り注ぐ光の雨が浄化しながら、大地は衝撃によって砕かれていった。
……
気が付くとローリスは天を仰いで倒れていた。
瞼を開くと眩い光に、目が染みた。
見たこともないほどの美しい蒼が、天を覆っている。
「うう……」
と呻きながら、ゆっくりと立ち上がる。
隣には水球の中に封印されたままのアマルティアが居た。
周囲を見回してみて驚いた。
土の上に草が生えている。
建物も道路もない。天を覆っていた魔力障壁も塔も、何もかもなくなっている。
代わりに海底都市ではほとんど見たことがない土や草、樹木の中に居た。
光は上から燦々と降り注いで、草木の緑が輝いている。
草木しかないのに、周囲は聞いたことのない音で満ちている。ローリスがそれを虫の鳴き声だと知ったのは、もう少し後のことだった。
辺りを見回して呆然としていると、
「ローリス!」
と名前を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えがある。
「よかった! 私よ、セレーネ! 覚えてる?」
目の前の空間に白い少女の姿が現れる。しかし、姿は随分と小さい。手のひらほどの大きさしかない。
「セレーネ! 覚えてるに決まってるだろ! それよりどうなったんだ? 確か、突然、光に包まれて……あっ、みんなは……」
ローリスは周りを見回す。
「誰も居ないわ。あなた、百年以上眠っていたのよ」
「百年、以上……?」
ローリスは呆然と目の前の少女に視線を戻す。
「……ええ、正確には、百十二年と九十二日前、私たちは止められなかったわ……。都市も、世界も全部、滅びたの……」
セレーネは肩を落とす。
「で、うまく説明できないんだけど、彼女の力なのかしら? あなたの身体は水球に包まれて、守られた。アマルティアと同じようにね。そして、百年以上そのままだったのよ」
「……」
ローリスは言葉を失った。
そして、すぐにはっとしたようにセレーネを見る。
「あ! でも、セレーネは何で無事なんだ!? 塔も、ラピスラズリも無いのに」
「……あなたの耳の」
セレーネは悲痛な顔をする。
「……私、自分が守って来た都市が一瞬で壊れるの見たのよ。それで、とても怖くなって、最後に全部捨てて、あなたの耳についているラピスラズリに意識を移して、逃げ込んだの……」
「じゃあ、俺たちの住んでた世界は、終わった……?」
ローリスの頭は理解が追いついていない。世界の終わりにしてはこの場所はとても穏やかだった。今だに現実とは思えない。
「ええ、信じられないでしょうね。そして、これが、神々の言う、新しい世界……」
目の前に居るセレーネの言葉だけがこの状況を現実と告げてくれていた。
ローリスはアマルティアに目を向けた。
セレーネの他に記憶の中から変わっていないのは彼女のあの姿だけだ。
「……行こう」
唐突にローリスは言った。
「え?」
沈んだ表情のセレーネがローリスを見上げる。
彼の笑顔が見えた。
「俺たちが生きてるなら、まだ、旧世界は終わってないだろ。アマルティアだって、いつか目覚めるかも知れない。そん時まで住める場所を作ろうぜ。セレーネだって、俺のラピスラズリだけじゃ窮屈だろ? もっと大きいのを見つけよう」
状況が状況だけに絶望感に飲み込まれるかと思ったが、彼はそうならなかった。
一人ではないし、まだ一縷の希望もある。
「え、ええ……! そうね!」
暗い表情だったセレーネは、力を取り戻したかのように笑顔になる。
「地形を把握できるか? 周囲の状況とか」
「どうかしら……この小さいラピスラズリだとできることも少ないから。と言うか正直、姿を投影するだけしか、出来ないかも……」
「じゃあ、話し相手になってくれ……」
「それなら喜んで。百十二年と九十二日ぶりだから、話題には事欠かないと思うわ」
セレーネと賑やかに話しながら、ローリスの姿は未開の森の中へと消えて行く。




