75.始まりと終わり
人類が漸く布切れを纏って、世界を歩くようになった。人々は各地を流浪し、旅を繰り返していた。
その時代には流浪の旅そのものが壮大な冒険であり、生死を賭けるものであった。
人々はまだ無知であり、世界の仕組みも知らない。
雪と風が突如として山間を抜けようとしていた旅人の一団を襲った。
「おい! 引き返そう!」
一人の旅人が叫んだ。
「どこへ!?」
もう一人の旅人が言う。
この吹雪で方向を見失い、どこから来たかも分からなくなっていた。
少し先の光景すら見えない。
そうしているうちにも、雪は地面をどんどんと覆い隠して行く。
布切れを纏っただけの旅人の一団は、あっという間に体温を奪われた。
「ここまでか……」
半ば力尽きた旅人たちは膝をついた。
「待て! 向こうに何か見える!」
と一人の旅人が叫んだ。
全員が震えながらその旅人の見た方へと向かう。
突然、雪と風が止んだ。
この場所の奥から伝わってくる熱が旅人たちの冷えた体に温かく感じられた。
しかし、旅人たちが振り返ると少し後ろはまだ雪と風が吹き荒れている。
旅人たちの一団は不思議そうに顔を見合わせる。
木々の隙間を抜けて行くと、一人の男が岩に腰を下ろしていた。全員がその不思議な光景に言葉を失った。
その男は見たこともない鮮やかで美しい衣服を着て、薪も無いのに目の前に大きな火を焚いていた。
「誰だ?」
その異様な風体の男は、目だけを動かして旅人たちを見ると静かな口調で言った。
「あ……俺たちは旅の一団だ。この吹雪で道に迷ってしまったんだ。あんた、どこか避難できる場所を知らないか?」
一人の旅人が進み出て言った。
「知らん」
男は無表情のまま、首を横に振った。
「そ、そうか……」
旅人たちは項垂れた。
男はじっとそれを見つめていたが、やがて旅人たちが引き返そうとした。異様な風体の男を少し怖がっているようだった。
「……待て」
ふと男は、旅人たちの身体が震えていることに気がついて呼び止めた。
「吹雪が止むまで、ここで少し休んでいくといい。寒いのだろう?」
男は言った。
旅人たちは顔をほこばせて、お互いの顔を見合わせて頷いた。
「助かったよ、ありがとう。あんたは誰なんだ? 変わった格好をしているな」
男の近くに腰を下ろした旅人が不思議そうに言った。
「俺は、この火、そのものだ」
男は目の前に大きく燃え上がる炎を見つめたまま言った。
「なんだ、そりゃあ」
また別の旅人が笑いながら話に割って入って来た。
「それにしても、何でここだけ吹雪が入って来ないんだ? これも、あんたのおかげなのか?」
またさらに別の旅人が言う。
いつの間にか、旅人たちは男を囲んで興味津々に話しかけていた。
「ああ」
男は顔を上げて、周囲を取り囲む旅人たちを見回すと、短く答えた。
旅人たちは「おお〜」と声を上げた。
「……なぁ、もしあんたさえ良ければ俺たちと一緒に行かないか?」
旅人は言った。
「どこを目指しているんだ?」
男は聞いた。
すると周囲の旅人たちは全員で顔を輝かせる。
「人がたくさん住めそうな土地を探してるんだよ! そこで俺たちの国を作るんだ!」
一人の旅人の言葉に周りの旅人たちは楽しそうに頷く。
「国……?」
男は不思議そうに首を傾げた。
「みんなで協力して賑やかに暮らすんだ! その方が今より楽しい暮らしができるだろ?」
旅人は男の背中を叩いた。
「なぁ、頼むよ! 仲間は多い方が良い! あんただってこんなへんぴな山の中じゃつまらんだろ?」
旅人たちは口々に男を誘った。
男はその旅人たちの嬉々とした顔を見つめ返して黙っていたが、やがて立ち上がった。
「良いだろう。確かに、ただここに居るだけよりは楽しそうだ」
初めて男は少し笑みを浮かべた。
「よ〜し! 仲間が増えたぞ!」
「酒だ! 酒!」
「ねぇよ、んなもん!」
旅人たちは全員が声を上げて喜んだ。
一人の人間の槍に身体が貫かれる。
貫かれた箇所から、同じ神の力が無限に流れ込んでくる。
身体が滅んでいく。
星と共に、永い時間を生きた。
ただ、混沌とした星の上に生まれ、混沌に包まれた地表を他の神々と共に浄化した。そして、生命が誕生し、人類と出会い、離別し、滅ぼそうとし、そして、今、人々の手によって逆に滅ぼされようとしている。
一体どこから。
どこで、違ってしまったのか。
ふと考えながら瞼を閉じると、火神は自らの人の身体を燃焼し尽くして消えていった。




