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Story From The Lethe  作者: 鳴セ カイ響
最終章
75/79

74.神と人

 街の一角に、治安軍とイタチごっこを演じているコニーとエセルの姿があった。二人は別々に細い通りを不規則に抜けては、合流を繰り返していた。二人の動きに翻弄された治安軍は追跡に手間取っていた。


「あれっ、照明の調子がおかしいの」

 合流した時、コニーが再び離れていこうとしたエセルの服を掴んで言った。

 海底都市の上空から照らす照明が薄暗くなり、二人の走る裏の細い路地も視界が悪くなった。

「治安軍のおじさんたちを振り切るチャンスなの! ほら行くの!」

 エセルが行こうとするが、コニーは服を掴んだまま動かず、首が締まる。

「うぐっ! コニー何やってるの! 早く逃げるの!」

 振り返ったエセルはプンスカと頭から湯気を立てる。


「でも、おじさんたち、もう追って来てないの」

 コニーが上目遣いで言う。

「え?」

 エセルが不思議そうに走ってきた方を見る。薄暗く視認はできないが、耳を澄ましても誰かが追いかけて来ている音がしない。


「振り切っちゃったの?」

 エセルが首を傾げていると、

「エ、エセル!」

 とコニーが前方を指差した。


 薄暗い闇の中にぽつんと人影がある。瞳だけが不気味に光りを放ち、こちらを見ている。獣にも似た呻き声を上げていた。

「「ぎゃあぁぁぁ! お化けなのぉ!」」

 二人は悲鳴を上げて逃げ出す。




 火神によって吹き飛ばされたアマルティアは、塔の壁を突き破り、街の上空へと投げ出される。

 吹き飛ばされながらも、空中に水球を創出し、その中に着水する。

 水球の中を泳ぎ、くるりと体勢を戻すと、周囲に水槍をいくつも作り出して、こちらを追撃しようと都市の上を飛翔して来る火神に向かって放った。


「いくらやろうと無駄だ」

 火神の一太刀で放った衝撃派が無数の槍を吹き飛ばしてただの水飛沫にした。

「っ……!」

 槍を頭の上に横向きに構え、上から振り下ろされた火神の剣をアマルティアは受けようとするが、凄まじい衝撃に地面へと叩き落とされる。

 市場にあった露店のテントを突き破り、地面に落ちた。


「うぅ……」

 アマルティアは呻きながら立ち上がる。

 周囲のあちこちから悲鳴が聞こえる。

 市民たちが、屍に襲われていた。

「誰か、助けてくれぇ!」

 近くで一人の腰を抜かした男の上に、今にも屍が襲い掛かろうとしていた。


 アマルティアは手に持った槍を地面に突き立てる。

 襲い掛かろうとした屍が地面から突き出した水槍が貫いた。

 屍は倒れる。

 助けられた男は振り返って何かを言おうとした。


 その次の瞬間に二人の上から業火が降り注いだ。

 アマルティアは咄嗟に自分を水球で覆って身を守った。

 しかし、助けたはずの男は声を上げる前に真っ黒な亡骸となった。

「……こんな無力な者共を助けるのか?」

 火神はゆっくりと天から降りてくると、足元の焼けこげた亡骸に向かって嘲笑した。


 アマルティアは跳躍し、空中から手に持った槍を火神に向けて突く。

 火神はそれを剣で受けた。

 アマルティアはすかさず上に浮遊させていた水槍を火神に向けて落とす。

 無数の水槍が、手の塞がった火神に降り注ぐ。

 火神は高く跳躍して背面宙返りし、建物の屋根に逃れる。

 アマルティアも後を追うように飛び上がって建物の屋根に出る。


 屋根の上で、火神は剣の構えを解いた。

「やつらは、我々が命を賭けて造ったこの星に何をした? 愚かにも同族同士の騙し合い、殺し合いを繰り返し、星が再び魔に汚染されようとしても尚、手を取り合おうともせぬ」

 火神は諭すように言う。

「我々は確かに一度人を信じた。だが、その結果がこれだ。奴らと共生など、できぬ」

 そして、火神は手を差し伸べた。

「もう二度とは言わぬぞ、水神。俺と共に来い! そして、この穢れた世界の終末を共に見届けるのだ」


 アマルティアは首を振る。

「人には、確かに愚かな面もあったわ。それでも……」


 コニーとエセルはいつでも友達のためであれば、身を惜しまず協力してくれた。

 エリアとゼノンはたった二人で命を賭けて活路を開いてくれた。

 ニコラは腹を空かせた自分に美味しい食事を作ってくれた。

 ローリスは、苦しい時でも常に一緒に居てくれた。


 一瞬の思考の逡巡から戻る。

「それでも、分かっていないのはあなたたちの方よ。人の悪い面ばかりを見て、良い面には目を向けようともしない」

 アマルティアは槍を構え直す。片手から差し向けられた穂先の周囲に水が轟々と渦巻き始め、次第に大きくなっていく。


「やり直したって、また同じことを繰り返すだけ」

 言い終わると同時にアマルティアは跳躍した。

 火神は身を沈めて剣を構え、飛び上がったアマルティアに向かって一振りすると、爆炎が起きた。


 しかし、その爆炎を水が渦巻く槍の穂先が貫いた。

 アマルティアは空中で一度鋭く旋回しながらその勢いのまま槍を火神に叩きつける。

「ちっ! どこにこんな力が……」

 火神は受け止めるが、足元が耐え切れずに抜ける。

 火神とアマルティアは建物の中へと消えた。

 そして、すぐに火神だけが建物の壁を突き破って街の中央の塔の方へと吹き飛ばされていった。


 アマルティアが吹き飛ばされる時に空いた塔の壁の風穴から外の様子を伺っていたローリスは慌てて壁から離れた。

 風穴の隣を突き破って火神が戻って来た。

 壁を作っていた石が砕けて吹き飛び、室内に舞い散る。

 戻って来た火神は剣を床に突き立てて火花を立てながら勢いを殺し、そして、停止した。


 その後を追って、背後に無数の水槍を周遊させながら、アマルティアが壁の穴を通って戻って来る。

 戻って来たアマルティアはさらに水槍を創出しては、際限なく火神に向かって放ち続ける。火神は剣で切り払おうとするが、それ凌駕する勢いで雨霰のごとく水槍が降り注ぐ。

 火神の姿は降り注ぐ無数の水の槍の中に消えていく。


「アマルティア!」

 ローリスが歓喜の声を上げると、地面にそっと舞い降りたアマルティアは、優しい笑顔を向けた。


 刹那。

 

「……理解した」

 と声が響いて、影がアマルティアに向かって飛びかかった。

 火神の手にした剣が、アマルティアの胸を貫いていた。

「人への執着……それが、お前の弱さだ」

 火神は肩で息をしながら言った。


「か……は……」

 アマルティアは自分の胸に突き刺さった剣を見た後、ローリスを見た。

(まだ、駄目……まだ終わらないで……)

 彼の方に手を伸ばし、祈るように心の中で呟くが、その想いに反して瞼は重くなっていく。

 目を見開いてこちらを見るローリスの顔が闇の中に消えていった。


「アマルティア!」

 ローリスは叫んだ。

 胸を貫かれたアマルティアの手にしていた槍が床に落ちて、ローリスの方へと転がった。

 彼女の美しい瞳がゆっくりと閉じて行く。

 自分を求めるように伸ばされた手に腕輪が光っている。自分にもくれた彼女の腕輪だ。


眠るようにゆっくりと瞳を閉じたアマルティアは、地面に膝をつき、祈るように手を組むと腕輪がまばゆく光って身体は水球に包まれた。

 その水は火神の剣ごと飲み込んでいく。


「ちっ、消滅させるまでには至らなかったか」

 剣を掴む手を離して火神は呟く。

「まぁいい。どちらにしても、もう邪魔はできまい」


「うおおおおおおお!」

 アマルティアの落とした槍をいつの間にか拾っていたローリスが、突っ込んでくる。

 火神はひょいと飛び退く。

「無駄だ、愚か者。人の身では俺の体に傷をつけることすらできない。大人しく滅びの運命を受け入れるがいい」

 火神が手を差し出すと、その先に炎が揺らめく。

 火神は炎の中から手を引き抜くと、新たな剣を取り出した。


「アマルティアに何をした!」

 ローリスは叫ぶ。

「我が剣によって力を奪い、封印した。本当は消滅させるつもりだったがな……」

 と言う火神に向かってローリスは、アマルティアの使っていた壮麗な装飾の槍を向ける。

 火神は呆れたようにため息を吐く。


「……無駄だと言っているだろう。神力の無いお前ではその槍は扱えん」

「神だか神堕ちだか知らないけど、関係ない! 俺は兵士だ! 自分が決めた理由のために命を賭けて戦う!」

 ローリスは近くで水球に封印されたアマルティアを見る。


「彼女の、願いのために」

  

 ローリスは恐れずに突っ込んでくる。

 火神は難なく手にした剣で受け止める。

 ローリスは全身全霊で押そうとするが、びくともしない。

「良いだろう。この世界の終わりまで、ただ待つのも退屈だ」

 火神は剣圧でローリスを押し返し、吹き飛ばした。


「っ!?」

 身体は空中に浮き、数メートル飛んだところで地面に墜落して転げる。

 打ちつけた場所が猛烈に痛んだが、顔を歪めて立ち上がる。

「少しは楽しませてくれよ」

 火神は既に目の前に立ち、ローリスを見下ろしている。


 攻撃して来ない。

 遊ばれているらしい。

「くそっ!」

 ローリスは手にした槍を火神に向けて突き立てるが、簡単にかわされる。

 次々と闇雲に攻撃するが、火神は瞬時に身体を移動させてしまい、かすりもしない。


「それで全力か? 思った以上に退屈だな」

 火神は不用意に伸びて来たローリスの槍を剣で弾くと、大きく剣を振りかぶった。

 ローリスは弾かれた槍をなんとか引き戻し剣を受けようとする。

 しかし、火神の振るった剣が猛烈な爆炎を吐き出した。


(しまった!)


 刹那に思い出す。アマルティアの身体を一撃で塔の外に吹き飛ばすほどの強撃だった。

 人間の身体で受ければ、バラバラに吹き飛ぶことだろう。


 しかし、ローリスの槍は剣を受け止めていた。

「なっ、それは……!? なぜお前が神力を使える!?」

 火神の取り乱した声が聞こえる。


 ローリスは周囲を見回すと、自分の身体を、アマルティアがよく作り出していたような水球が覆っていた。周囲に水を纏っていると言うのに不思議と苦しくも重くもない。

 気がつくと、右手にさげた腕輪が光っていた。さらに槍も同じように光り出す。


 お願い。私の愛する人を、みんなを護って。


 彼女の腕輪を構成する「願い」が頭の中に流れ込んでくる。その一念に膨大な力を感じる。

「これが、神力?」

 ローリスは腕輪を見る。

 火神はいつの間にか少し向こうに居て、憎悪するような顔でこちらを睨んでいる。

「馬鹿な! 人間風情が、その力を扱える筈がない!」

 吐き捨てるように言う。


「いや、仮にお前がその力を扱えたとして、何になる? 水神の力では俺に勝つことはできん」

 火神は冷静になって首を横に振ると、剣を構える。

「ならば、お前も滅するまでだ」

 火神は床を蹴ると、瞬時にこちらへと移動してくる。


 しかし、見える。

 ローリスの身体は重量を失ったように軽い。

 今なら火神と同じ速度で動ける。


 

 彼は兵士だった。

 限られた力で曲がりなりにも、人間離れした膂力のゼノンと何度も訓練を重ね、実践を生き延びた。

 そのローリスにとって、直線の単調な攻撃は、何の脅威にもならない。


 直線に突撃して来た単調な剣は槍の重量を活かせば簡単に弾くことができる。

 火神の剣は弾かれて横に流れた。

 剣撃を防がれた火神はさらに強撃を打つべく剣を振りかぶり力を溜める。

 剣を振り下ろすと、さっきよりも巨大な爆炎を吐き出した。塔の壁は難なく吹き飛び、室内は火炎の海となる。


(力をこめようとすれば、隙ができる……)

 しかし、ローリスは既に火神の背後に回っていた。

(その隙を狙う……!)

 槍を突き出そうとする。


「くそっ!」

 火神が振り返り、防御するべく剣を構える。しかし、ローリスの身体はその瞬時に軌道を変え、側面へと移動する。

(かかったな)


 意表を突かれ、必死になった相手は考える暇もなく動作を繰り出してしまう。

 仮にそれがフェイントだとしても。

「何っ!?」

 火神の顔に、焦りが露わになる。

「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁ!」

 ローリスの声と共に突き出された槍が火神の身体を横から貫いた。

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