73.火神と水神
「馬鹿な……」
火神は動揺していた。
「消失した意識が戻っただと……? そんな筈が……」
創世の種子を宿した女は水神の手に落ちた。
種子を消し去る? そんなことが奴にできるのか?
しかし、仮にそれができたとすれば、大きな代償を負ってここに来た理由がなくなる。
火神は、剣を抜いた。
「!?」
アマルティアはローデリアの手を離した。
火神が凄まじい速さで迫っていた。
ローデリアは再び気を失って真っ逆さまに地面へと落ちて行く。
下に潜り込んでいたローリスが、ローデリアを受け止めた。
「こうなれば、俺自身の手でカタをつけるしかないようだな」
交わった槍と剣の間で火花が散る。
火神は力任せに押し返し、アマルティアを地面へと叩き落とした。
「アマルティア!」
ローリスが叫ぶ。
「だい、じょうぶ……」
アマルティアは顔を歪めながらゆっくり立ち上がった。
そして、手にした槍の穂先を火神に向ける。背後を周遊している水槍の穂先が全てアマルティアの指し示す一点に向く。
「早く逃げて!」
水槍を火神に向かって放ちながら叫ぶ。
「でも……!」
ローリスはアマルティアを置いて逃げることを躊躇った。
「逃げましょう、ローリス!」
目の前にセレーネが現れる。
「一度ローデリアを安全な場所へ運んだ方がいいわ! ここじゃ、どっちにしたって彼に邪魔をされるわ」
セレーネは空中に居る火神を指さす。
その間にも無数の水槍が絶えず火神へと襲いかかるが、火神の一振りが爆発的な衝撃派を放ち、迫り来る水槍を吹き飛ばしている。
「ちくしょう!」
ローリスはローデリアを両手で抱えたまま昇降機へと走る。
「させるか!」
と火神が向かおうとしたところにアマルティアが高速で身をひらりと翻しながら割り込んでくる。その回転の勢いを使い、槍を下から上に振り上げる。
不意を突かれた火神は受けざまに吹き飛んで部屋の天井を突き破り、最上階へと消えた。
「行って! ローリス」
アマルティアは天井の穴から目を離さずに言う。
ローリスは彼女に頷くと昇降機に乗り込んだ。
操作盤を操作しなくてもセレーネが最下層へと勝手に向かわせてくれた。
「エリア! 大丈夫か!?」
最下層で戦っていたゼノンは、既に剣を収めている。
途中で姿の見えなくなっていたエリアは、戦いの最中で敵の死体の下敷きになっていた。ゼノンが見つけるまで気を失っていたようだ。
ゼノンの手を借りて立ち上がると、エリアは顔をしかめる。
「……地獄みたいな光景ね」
ゼノンの背後には教団兵の死体が一面に転がっていた。
「だから、ローリスと一緒に行けと言ったんだ!」
ゼノンの顔や鎧も、ところどころ返り血を浴びて染まっている。
話していると、昇降機が最上階から戻って来た。
扉が開いたことに驚いて二人が昇降機の入り口を見ると、ローリスがローデリアを抱えて出て来た。
「ローリス!? 一体、どうなったんだ! あの子はどこだ?」
ゼノンは駆け寄って聞く。
「説明してる時間はないんですけど、まだ終わってません! とにかく逃げましょう!」
ローデリアを抱えたまま、ローリスは言った。
「わかった。エリア、行くぞ……っ!?」
と言った瞬間に短刀の刃の気配を感じ、ゼノンはローリスを引き倒しながらかわした。
そして、即座に立ち上がり、剣を抜く。
「なっ!? 確かに全員息の根を止めたはず……」
ゼノンは、事切れて転がっていたはずの教団兵たちが立ち上がっている。
少し前、塔の最上階。
「……水神よ、なぜ分からない」
火神は塔に安置されたラピスラズリに触れていた。ラピスラズリの表面上のまだら模様がかき混ぜられた水面のように忙しなく蠢いている。
「理解したくもないわ」
槍をその背中に向けてアマルティアは言う。
「人が我々に何をした? 貸した力を掠め取り、我らを忘れ去り、我が物顔で力を振り回し、そして、星すらも破壊しようとしている」
「だから、目を背けるって言うの?」
「いや、また世界を造り直すのだ。我々の望む世界にな」
「そんなの、何度繰り返したって無意味よ」
火神は顔をしかめてラピスラズリの表面から手を離すと、振り返ってアマルティアを睨みつけた。
「お前に何が分かる」
「分かるわ。きっと、私たちは理解し合える。私と彼みたいに」
アマルティアは槍を持った手に提がった腕輪を見つめる。
「惨めだな、水神。いや、アマルティア。神を堕した者よ」
火神は嘲笑する。
「今しがた、ちょっとした小細工を仕掛けさせてもらった。お前も覚えているだろう。人の屍を蘇らせ、獣に転化させる力。お前の信じる人間が作った外道の魔術だ。これであの小僧も容易には逃げられまい」
火神は再び剣を抜く。鞘から噴き出す強烈な熱気が空気を歪ませる。
アマルティアは身構えた。
「火炎の本領は蹂躙することにある。その身をもって知るが良い」
「なっ!? 確かに全員、息の根を止めたはず……」
ゼノンは信じられないという顔で前方を見つめている。
教団兵たちの体に光る箇所がある。
「ゼノンさん、あれ、死霊術じゃないですか?」
ローリスは言った。
「ああ……最悪の事態だ。よりによって、なんで今……」
ゼノンは再び剣を抜いた。
「ここだけじゃないわ。都市全域で死霊術領域が発生している」
一同の前にセレーネが現れる。
「状況が悪すぎて笑えてくるわね」
エリアはやれやれ、と苦笑を浮かべる。
「エリア、頼む」
ローリスは抱えていたローデリアを差し出す。
「え!?」
エリアはよろめきながらも何とかローデリアを抱える。
「ゼノンさんと安全な場所に逃げてくれ」
ローリスは槍を手に持つ。
「は!? あんたはどうするのよ?」
「俺はアマルティアをここで待つ。いいですか? ゼノンさん」
「良いだろう。だが、まずはこいつらを何とかしてからだな!」
既に数体がゼノンに飛びかかっていたが、一振りで切り払いながら言う。
「ローリスそっちをやれ!」
ゼノンは自分と反対側の教団兵の屍の群れを指差す。
「了解しました!」
ローリスは返事しながらも既に槍を旋回させながら飛びかかってきた二体を吹き飛ばしていた。
背後にはいくつもの屍の影が揺らめいている。
最上階。
火神の振り下ろされる強烈な剣撃を、アマルティアは槍を横にして受けた。
受けた衝撃で床に足がめり込む。体に引き裂かれそうな衝撃が走る。
「っ……!」
「ふん、戦いが本分ではないお前が、どうやって俺を倒す?」
火神は平然とした顔で剣圧をかけてくる。アマルティアは押し返そうと踏み締めるが、床がミシミシと音を立てている。
「堕ちろ水神」
火神が極大の力で圧すると同時にアマルティアの身体は床を突き抜け、最上階から落ち、さらにその下の階層を突き破って空中に投げ出された。
塔は昇降機の移動用の柱と外縁部に螺旋状の道がある以外には地上まで何もない。
アマルティアは真っ逆様にその塔を地上に向かって落ちていった。
空中で身を翻して体勢を戻すと上から猛然と迫る火神の剣を受け止めた。
剣は赤い炎の尾を引きながら、槍にぶつかると爆炎を引き起こした。
アマルティアは、さらに地上に向かって早いスピードで吹き飛ばされる。地上が目の前に迫って来た。
朦朧とする意識を戻し、空間に大きな水球の足場を作るが、勢いが止まらずに泡を立てながら突き破り、さらに下の水球を通り抜けた。速度が減速し、地上に緩やかに着地する。
息を弾ませながら膝をつく。
「アマルティア!?」
着地をした時に名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、教団兵の屍と戦うローリスが居た。
「何がどうなってるんだ!?」
ゼノンも迫り来る屍を切り伏せながら、顔だけ振り返る。
「ローリス! 危ない」
アマルティアが叫んだ。
ローリスがアマルティアを顧みた瞬間に背後から屍が複数体、短刀を振りかざしていた。
「しまっ……」
ローリスが慌てて武器を構えようとするが間に合わない。
アマルティアは手にした槍を両手で地面に突き立てた。
同時に地面から無数の水槍が突き出て屍を貫いた。
「うおっ!?」
ローリスは水飛沫に顔を背けた。
そして、すぐに周囲を見ると教団兵の屍が、再び動かない屍となって転がっていた。
「一撃で全て倒してしまったのか……」
ゼノンが愕然としていた。
「早く、逃げてっ!」
アマルティアの声が鋭く響いてくる。
同時に彼女は上から来た火神の剣を受け止める。
熱波が走り、受け止めたアマルティアの周囲に火炎が上がる。
「ゼノンさん、エリアと二人で逃げてください!」
ローリスがゼノンの背中を押した。
「……ああ、分かった」
さすがのゼノンも今の一撃で手に追えないと判断したのか、すぐに踵を返して塔の入り口に向かう。エリアは戦いの中で既に外へ逃がしている。
「逃さん!」
しかし、駆け出したゼノンに火神が猛然と迫った。
「!?」
火神は急停止し、横から飛んで来た水槍を切った。水飛沫が散って火神の顔にかかる。
アマルティアが肩で息をしながらも、槍を構えている。
「ち、あくまで俺とやり合うか」
火神はアマルティアを睨む。
「良いだろう、まずはお前を葬る」
火神は猛然と迫ると、横殴りに剣を一閃する。
凄まじい爆炎が起き、悲鳴と共にアマルティアの身体は塔の壁を突き破って、街の空中へ投げ出された。




