72.信仰者たち
今更ながらあらすじの冒頭を「最終章開始」とするのを忘れていたことに気がつきました。
章分けはしているので分かるかとは思いますが、申し訳ありません。
最終話まであともう少し、お付き合い頂けましたら幸甚です。
「ローリス!」
ゼノンが教団兵たちが居るであろう方向を見つめたまま言った。
「中央まで俺が援護する。お前は先に昇降機で上を目指せ」
「じゃあ、ゼノンさんは……?」
「俺はここに残って奴らの相手だ」
ゼノンは床に横たわっている大きな盾を拾い上げる。
「よく理解はできんが、その子を連れてローデリアと会う必要があるんだろ? お前が連れて行ってやれ」
言うと、ゼノンは長尺の剣を横に一閃する。
教団兵がうめき声が聞こえたかと思うと、真っ二つになった体が地面に転がっていた。
気が付かなかったが、飛び掛かろうとした教団兵を斬ったらしい。
「これは、俺の戦いだ。お前はお前の戦いをしろ」
「……わかりました」
ローリスはアマルティアを見た。
アマルティアは転がる死体から辛そうに顔を背けている。
彼女にとって人間は守るべき相手だ。例え武器を向けられようとも、それは変わりがないらしい。
「アマルティア……あんたをローデリア様のところへ連れて行くためだ」
「うん、分かってる」
アマルティアはローリスを見つめると頷いた。
「柱の近くに着いたら私が扉を開けてあげるわ。あと、一つ良い手があるの。ほら」
近くで二人を見守っていたセレーネは、そう言うと姿を消した。
「良い手?」
とローリスが繰り返した瞬間に塔内を照らしていた白色の魔力照明の色がぱっと青色に変わった。すると、青色の光の中にわらわらと白い人の形が浮かび上がった。
「教団兵の姿が……。なるほど、そういうことか」
ゼノンがニヤリと笑う。
教団兵の姿を消す魔術は、体の表面の光を背景に合わせる擬態のような術だ。
しかし、揺らぐように姿がうっすらと見えることから分かるように、急激な光の変化には対応できない。
「姿が見えればどうということはない」
口の端を歪めながら、ゼノンの目がじろりと部屋一面を見渡す。教団兵たちはその視線にたじろぐ。
ローリスはそのゼノンの様子をごくりと生唾を飲みながら見る。こんなに殺気立ったゼノンを見たことがなかった。
ローリスはアマルティアの方を見た。
「よし、行くぞ。エリアも……おい、大丈夫か?」
エリアがぼんやりとしていたので肩を叩く。
「はいはい……。分かったわよ」
エリアは肩をすくめる。
「走れっ!」
吠えるように叫ぶと、ゼノンは中央の柱に向かって猛然と突っ込んで行く。
教団兵が複数で飛びかかってくる。
恐ろしいことにゼノンは、一太刀で飛びかかって来る敵を引き裂いている。
ローリスも教団兵を捉えては一人ずつ確実に倒して行く。
「行くわよ!」
とエリアが走りながら横に向かって新式魔力ボウガンの引き金を引く。
すると発射光に収束した魔力が太い閃光を放ちながら、噴き出て直線上の教団兵が叫び声を上げながら蒸発した。
「きゃああああっ!」
エリアは自分で撃っといて、その光景に絶叫している。
やがて、教団兵の守りを突破して塔の中央の巨大な柱の根本へと迫ると、柱の壁の一部が開いて、昇降機への入り口を作った。
ローリスとアマルティアは乗り込んだ。
乗り込んですぐに
「閉めるわよ!」
とセレーネの声が聞こえて扉が閉まった。
高速で昇降機が塔の頂上を目指し始めた。
ゼノンは柱を背に立っていた。
床にはまた数人の教団兵が事切れて転がっている。全員体が引き裂かれており、元が何人だったのかもよくわからない。
しかし、まだまだ教団兵が蠢いている。さっき現れたセレーネという少女の話では百人以上と言っていた。それも光源に術が対応し始めたらしくまた姿が見えにくくなっていた。
多勢に無勢、さすがに死ぬかもしれない。
「あーあ……」
隣から声が聞こえた。ゼノンは驚いて声のする方を見ると新型の魔力ボウガンを抱えたまま、妹がそこに立っていた。
「エリア!? お前、なぜ昇降機に乗ってない!?」
「いいわよ、あたし、明らかに場違いっぽいし。こっちに残るわ」
エリアはため息を吐きながら魔力ボウガンを構える。魔力の光がボウガンの先端に凝縮されるように集中していく。
「兄さんと二人で人殺しなんて……ホント、とんだ貧乏くじだけど!」
引き金を引くと、太い光線が発せられて一瞬の間に教団兵の悲鳴が聞こえた。
「うわ〜、すごい数ね。適当に撃っても当たりそう」
教団兵たちの殺気が周囲に満ち始める。
「上等だ! 死ぬなよ!」
そう言うと、ゼノンは剣を振りかぶり、敵の中へと飛び込んだ。
「くそっ、エリアのやつ!」
ローリスは言った。
セレーネの幻影が目の前に現れる。
「ローリス、考えている暇はないわ。この昇降機の行く先にローデリアが居る。今度こそ、彼女を説得しなきゃ」
「ローリス……」
アマルティアはローリスの手を握る。繋がれた二人の手。その手首にはそれぞれ腕輪が光っていた。
あの日、アマルティアがくれた腕輪だ。
ローリスはあの時に、兵士として彼女に捧げた誓いを思い出す。
「……ああ、悪い。ちょっと取り乱しちまった」
落ち着かせるために大きく息を吐く。
「……エリア、無事で居ろよ」
と一度だけ呟くと、ローリスは気持ちを切り替えた。
昇降機が減速する。塔の最上部へと着いたようだ。
重そうな扉が音を立てて両方に開くと、部屋の中央に黒い人影が見えた。
「来たか」
近づくと、その男は背を向けたまま言った。
「だが、もう手遅れだ」
男は二人の方へと振り返る。
その男の向こうに俯いたまま立っているローデリアが見えた。彼女の身体そのものが発しているかのように煌々とした光に包まれている。
「終わりだ、水神」
男はローリスの隣を睨む。
ローリスは驚いてアマルティアを見る。
二人に面識があるとは思えなかったが、そうではないらしい。
「やっぱりあなただったのね。人の姿をしていたから最初はわからなかったけど」
アマルティアは男を見て一瞬、言葉を詰まらせる。
「火神……私を追いかけて来るなんて……」
「あぁ、お前が神々の世界を追放された後に、俺も地上へと降りた。お前なら我々の目論見を阻止しようとしかねないからな」
男は歪んだ笑みを浮かべている。
男はローリスとアマルティアの間に繋がれた手を一瞥すると、憎々し気に彼女を見た。
「神でありながら、人への未練を断ち切れない愚か者が……」
火神の言葉にアマルティアは首を振る。
「いいえ、あなたたちが間違ってる。皆、この世界に命が満ちるのを望んだ筈なのに、都合が悪くなったからってそれを無責任に捨て去ろうと言うの?」
火神はため息を吐いた。
「話にならないようだな。ならばもう語るまい」
彼は背を向けると部屋の端へと歩いていく。
「俺が手を下さずとも、彼女を止める手立てはもうない」
壁際へとたどり着くと、こちらを振り返って腕組みをした。
「ここから見ているとしよう。せいぜい足掻いてみるがいい」
二人が火神からローデリアへと視線を戻すと、朧げに視線を伏せていたローデリアが真っ直ぐにこちらを睨んでいた。目の中には多色の光が蠢いている。もう元の彼女の意識はないようだ。
ローデリアは宙へと浮き上がっていく。
アマルティアは繋いでいた手を離して前に進み出る。
「なんか……俺、場違いなところに来ちゃったみたいだな」
後ろからローリスは、こんな状況で冗談を言って苦笑いする。
アマルティアは小さく笑い声上げて、その笑顔をローリスに向けた。
「そんなことないよ。きっとあなたが居たから、私はここに来れた」
彼女はローデリアの方を向き直った。
「最後まで私のこと、見守ってて」
彼女が片手を前に出すと、そこに水が現れ、細く、長く左右に伸びていった。そして、徐々に形を成していき、彼女の手には壮麗な装飾を施した槍が現れた。
さらに彼女の背中にはそれと同じ形の槍を模った水が、幾重にも浮遊して回っている。
ローデリアは空中で眩いばかりの光に包まれ、その姿すら霞んでいる。
その光が爆ぜるように強く光ると、幾重の光が宙に尾を引きながらアマルティアへと襲いかかる。
アマルティアはその光に向かって背後に周遊する水槍を飛ばし、無数の光を相殺していく。
そして、アマルティアも空中へと飛び、ローデリアに向かって行く。
しかし、ローデリアの周囲に纏っている高濃度の魔力の光が、壁のようにそれを阻んだ。
アマルティアはそれを手にした槍で何度も突く。背後に再形成された水槍も絶え間なくそのオーラを攻撃する。
部屋の端から火神の笑い声が聞こえる。
「……無駄だ。お前以外の全ての神の力を結集して作った力だぞ。お前一人で容易く破れるわけがない」
ローデリアは全く微動だにせず、アマルティアを蠢く光を孕んだ瞳で睨んでいる。
そして、また強烈な光を発すると衝撃波がアマルティアの体を吹き飛ばした。部屋の壁にぶつかり、壁面にひびが入る。
「ここが倒壊すれば深海だ。俺やお前は大丈夫だろうが、そこの人間はどうかな」
火神はアマルティアを見上げてあざけ笑っている。
アマルティアは壁を蹴って再び、ローデリアに向かって飛びかかった。
また幾重の光の塊が襲ってくる。
アマルティアは槍を振るってその光を次々と切り裂いて行く。
その勢いのままローデリアの光の壁に向かってを槍を突き立てるが、やはり通れない。
「聞いて! 私はあなたを、みんなを助けたいだけなの!」
アマルティアは壁に縋りついて、必死に中のローデリアに呼びかける。
「お願い! 信じてーーー」
混沌とした闇の中に意識が浮かび上がる。彼女は一人でそこに居た。自分が誰なのかも分からないが、心は喪失の恐れに満ちていた。
微かに闇の外から声が聞こえる。フィルターを通したように曇って聞こえた。その声を知っているような気がした。
意識を集中してみると、必死に自分に呼びかけているように聞こえた。
「お願い、信じてーーー」
その声は一人の少女の顔を思い出させた。
信じる?
その言葉を昔、自分に言った人が居た。
両親だった。
身体の動かなくなっていく自分に
どんなに身体が動かなくなっても、面倒を見る。だからーーー
信じてくれ
当時の少女にはその言葉が届かなかった。
運命にもがき続け、あるかも分からない虚像へとすがり、救いを求めた。
そして、この闇へと辿り着いた。
もし、もう一度、許されるなら……
運命を乗り越えて、生きる希望を信じられるのなら……
私は……
闇が虚ろいでいく。
曇っていた声がだんだんと、はっきりと聞こえて来る。
彼女の声を思い出す。自分の名前を思い出す。
「お願い! ローデリア、私を信じて!」
少女がこちらに向かって必死に手を伸ばしていた。
ローデリアは、手を伸ばして少女の手を握った。




