71.突入
「まさか、ここだったなんてな」
ゼノンとエリアの二人が話した内容をセレーネから聞いたローリスは、自分の住んでいたアクアリウムのとある路地裏から中央の塔を見上げていた。
「ローデリア、彼女も助けてあげなくちゃ」
アマルティアも隣で同じように聳える塔を見上げている。
「ローリス……」
と背後から声が聞こえた。
振り返らずとも声でわかった。セレーネからはここに来るはずだと聞いている。
「ゼノン隊長」
ローリスが振り返ると気まずそうに笑顔を浮かべる表情のゼノンが居た。
「家族のためとは言え、お前を裏切ってしまった。許してくれ」
ゼノンは頭を下げる。
「もう、お前も聞いたようだが、ローデリアはあの塔に居るだろう。灯台下暗しと言うヤツだな」
ゼノンは背負った大きな盾と腰に帯びた長尺の剣を抜く。
「ゼノンさん……?」
ローリスが驚く。まさか一緒に戦う気とは思わなかった。
「もう一つ謝らなければならないことがある。お前の父母を殺したのは、強盗じゃない」
「え!? そうなんですか!?」
唐突すぎてローリスは唖然とする。
「教団兵だ。当時、アクアリウムの議員だった俺やお前の親は、教団が政治に介入することを防ごうとした。教団はそれを武力行使で握り潰した」
ゼノンの剣を握る手に力が入る。
「……俺は、ずっとお前にそれを伝えるべきか迷っていた。お前やニコラちゃん、妹が平穏に暮らせるならとな。だが、それは違うと気がついた。結局、俺は逃げていただけなんだ。平穏のためと自分に言い聞かせてお前に真実を話すことから逃げ、治安軍を変革することから逃げ、教団の目から逃げ続けた。だが、清算の時だ」
全てを話し終えるとゼノンは息を大きく吐く。
今まで胸につかえていたものが無くなり、その顔はどこか晴れ晴れとしていた。
「……というわけだ。俺は俺の戦う理由のために行く。悪いが勝手について行くぞ」
「ちょっと待った!」
別の路地からエリアが飛び出てくる。
ゼノンが驚愕する。
「エリア!? お前、父さんと母さんは……」
「治安軍支部のマルティンさんに預けてきた。いくらなんでも人目の多い治安軍支部で人攫いはできないでしょ?」
エリアは背中に背負っていた魔力ボウガンと思しき武器を手に持つ。
ボウガンの形状はそのままだが、中央の魔力が収束する発射口がやけにゴツい。
「私も行くから! この新式魔力ボウガンもあるしね! 友達に魔改造してもらったのよ。撃つのが楽しみだわ」
エリアが笑みを浮かべる。本人は意識していないのだろうが、手に破壊力の高い兵器を持ったエリアの笑顔は不穏極まりない。
「エリアお姉ちゃん、気をつけて扱わないとダメなの! 誤発射したら大惨事なの!」
今度は小さな影が二つ、エリアの背後から飛び出して来た。
「うわっ! 二人とも無事だったのか!」
コニーとエセルだった。
「ニコラのお兄ちゃん! ニコラのこと、どうして言ってくれなかったの?」
エセルが言う。
どうやら、ニコラの死のことをどこかで知ったらしい。
「悪い。これ以上巻き込むわけには行かないと思って……」
ローリスの表情が曇る。
「どっちにしても、もう指名手配犯の仲間なの!」
コニーは気丈に笑った。
「それにお兄ちゃんが追われてるのはおかしいよ! 私たちも協力するの!」
エセルはローリスを励ましながら、リュックから鍛造用のハンマーを取り出した。
「ありがとう。でも、そんなハンマー一本じゃ戦いは無理だろ」
ローリスは心配そうな顔をする。
「……それなら」
と隣で聞いていたゼノンが言う。
「いい案がある。二人には囮になって塔を警備している治安軍の連中をいくらか引き剥がしてもらおう。これなら戦闘は必要ない」
「あぁ、そっか。そうですね」
ローリスが感心したように言う。
「いやいやいや! 何言ってんの!? 治安軍に捕まるわよ!?」
エリアがツッコむ。
「大丈夫なの! ここまで捕まらずに逃げて来たの!」
コニーが胸を張って言う。
「そうなの! 私たちに任せるの!」
エセルも隣で全く同じポーズをしている。
アマルティアは話を聞きながら、こんな状況なのに嬉しそうな顔をしていた。
「どうした?」
ローリスが聞く。
アマルティアは首を横に振る。
「ううん、心強いなって」
塔の麓まで目立たないように裏の細い路地を抜けて移動した。塔の入り口周りは高い塀になっている。まずはその塀の門を開けなければならない。
兵士たちは塀の周りに点々と並んでいて死角はない。
門を警備しているならともかく、塀の周りにまで人を配置しているところからしても、明らかに異常な警戒具合だった。
双子は兵士たちの前を通って門の前まで行く。
「門を開けて欲しいの」
「ん? ガキが来るところじゃない! あっちへ行け!」
警備している治安軍の兵士は手で追い払おうとする。
「むっ! ケチ! 開けなさいなの!」
コニーはそう言うと鍛造用のハンマーを取り出して兵士の脛を殴った。防具の上からなのでダメージはない。
「おいっ、やめろ! なんなんだこのガキ!」
治安軍の兵士は手にしていた剣を構える。
もう一人の門番の兵士がコニーの顔をまじまじと見て何かに気がついた。
「あ、おい! この少女、指名手配されてるぞ! 間違いない!」
「なにっ! あ、おい待て!」
気づかれたことを悟ると猛然と双子は二手に分かれて人通りの多い大通りに向かって走り出した。
「くそ、追え! 追え!」
と門の近くの塀の周りに居た兵士たちは二手に分かれて双子を追い、大半が持ち場を離れた。
そして、門には兵士が二人残ったのみとなった。
建物の狭間のような路地からローリスたちはそれを見ていた。
「思った以上に上手く行ったな。あとは双子が時間を稼いでくれることを祈ろう」
双子が兵士を引き連れて逃走して行く様子を見送って、ゼノンは振り返った。
「次は俺が行く」
と言うと、ゼノンは路地から出ていった。
「おい、中へ入れてくれ」
「お前、治安軍か」
兵士がまじまじとゼノンを見る。
「ああ、この地区の治安軍支部の者だ。緊急の用事があって中に入りたい」
「駄目だ。ここは今、我々、中央本部の管轄区域となっている。聞いていないのか」
「そうか、言い方を間違えた」
ゼノンは武器を構えた。
「開けてもらう」
「なっ!? 貴様」
と傍から見ていたもう一人の兵士が槍で攻撃しようとしたが、ゼノンは豪快に大楯で殴り、昏倒させる。
目の前の兵士は青ざめている。
「早く開けろ! 応援を呼んだら斬るぞ」
「わ、わかった!」
兵士は振り返り、門の石柱に埋め込まれたラピスラズリに自分をスキャンさせる。
門が開いた。
「よし、では……」
とゼノンが剣を握った手で兵士の後頭部を殴打する。
「少しそのまま寝ていてもらう」
兵士は既に足元に転がっている。
「行くぞ!」
ゼノンは振り返ってローリスたちを呼んだ。
「ここからはどうするの?」
門を通ったあと、エリアが言った。
突然、足元がぐらぐらと激しく揺れる。塔すらも揺れて軋む音が聞こえた。
しばらくすると揺れは収束した。
「もう、時間がない」
アマルティアが言った。
その言葉にゼノンは口端を吊り上げてにやりと笑うと、覇気を漲らせる。
「そうか。なら、強行突破だな。臨むところだ」
正面には塔が聳えている。
「俺が突破する。お前らは後ろから援護してくれ」
前に立つゼノンは振り返って言った。
「当たり前でしょ。あたしが前線で戦えると思う?」
エリアは仏頂面で皮肉を言う。
思わず、ローリスとアマルティアは笑った。
「なんだ貴様らは!?」
と声が響いた。塀の中に居た治安軍の兵士たちが異変に気がついたらしい。
いつの間にか百人近くの重武装の兵士たちが塔の入り口の前に立ちはだかっていた。
ゼノンは不敵な笑みを浮かべる。
「暴れ放題だな」
と言い終えると同時に敵の中央に向かって駆け出していた。
魔導ライフルの攻撃やら魔法攻撃やらが正面から雨霰と飛んでくる。
ゼノンは盾を構えて魔力防壁で広範囲を守りながら突っ込んでいく。ローリスたちはその背後に隠れて後に続いた。
すぐに敵とぶつかった。
盾を力任せに横に振り抜くと、敵の兵士が数人吹き飛んだ。
さらに剣で正面に立ち塞がっている兵士を兜の上から殴って昏倒させつつ、塔の入り口に突き進む。
ローリスは槍を持ってほぼ並走する位置に居て、ゼノンの撃ち漏らした敵を捌いている。
その背後を追いかけるエリアは通り過ぎた後ろからの敵に飛び道具で攻撃されている。
「ちょっ……死ぬ死ぬ! 私、普通のか弱い女の子なんだけど! 荷が重すぎるんだけど!」
エリアは撃ち返す間もなく、涙目で攻撃を避けている。
その時、魔導式ライフルの攻撃がエリアに一直線に向かって放たれた。
「……っ」
エリアは思わず目を瞑った。
「あれ、助かった」
エリアは恐る恐る目を開いて周りを見ると、隣でアマルティアが微笑んでいるのが見えた。
目の前一面をベールのように水の壁が覆っていた。攻撃はこれで防いだらしい。
「後ろは任せて」
アマルティアの青い瞳が淡い光を放っている。
そのまま前のゼノンとローリスは敵の防御を突破して塔の中に入る。
「扉を閉めろ!」
塔の中に入ったところでゼノンは叫んだ。
入り口からは背後に残った敵の飛び道具の攻撃が降り注いでいる。
「閉じてもまた開けられちゃうんじゃないの!?」
エリアはゼノンのすぐ後ろから叫ぶ。
「そうだが、時間くらいは稼げるだろう!」
二人が言っている間に扉が閉まり始めた。
「なんだ!? 誰が操作したんだ!?」
ゼノンが周囲を見回すが、ローリスもアマルティアもゼノンの後ろに居る。
そうしている間にも塔の扉が閉められた。
「この塔の設備は私が掌握したわ」
白い少女の幻影が現れる。
「「セレーネ!」」
ローリスとアマルティアは同時に歓声を上げた。
「あの時の……」
エリアは声で分かったらしい。
誰なのか分からないゼノンはぽかんとしている。
「マニュアル操作の制限を無理やり破ってしまったわ。私、悪い子ね」
セレーネは悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「ローリス、この子は誰だ?」
ゼノンは首を捻る。
しかし、ローリスが口を開くよりも先にセレーネが答えた。
「説明している暇は無いわ。中央の昇降機で塔の最上部へ向かって。そこにローデリアとカークスが居るわ」
セレーネは大きな部屋の中央にある果てしなく上まで伸びた太い柱を指さす。
「それから、教団兵が百人以上、塔の内部を警備してる。気をつけて」
「そういえば、確かに警備していた教団兵が見当たらな……」
ゼノンは言いかけた瞬間に何かに気がついた。
ローリスの背後の空間が歪むように揺らいだ。教団兵が姿を現し、短刀をローリスの首筋に向かって振り抜こうとした。
ゼノンは盾を手放し、左手でローリスの首根っこを掴んで後ろに放り投げる。
「うわっ!?」
ローリスの身体は背後に飛び、地面につく前にアマルティアの作り出した水のクッションにキャッチされる。
すかさず、ゼノンは剣でその揺らぎに向かって剣を振り下ろす。
しかし、教団兵はすぐに身を引き、剣は空を斬った。
そして、ゼノンが目を凝らすと、部屋中あちこちに不自然な光の揺らぎがちらついている。
「なるほど、そういうことか」
ゼノンは苦笑いを浮かべる。




