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Story From The Lethe  作者: 鳴セ カイ響
最終章
70/79

69.出番

 とある家の朝食。テーブルの上に食事が並んでいる。テーブルの中央にバスケットがあり、パンが山のように盛られている。あとは魚肉の白身ソーセージ、野菜。この海底都市ではありふれた光景である。バスケットに満載されたパンの量を見るに食卓に誰か大食いの者が居るのだろう。


 筋肉質な腕が卓上のバスケットに伸びて行って入っているパンを一つひっつかむ。それを口元へと運ぶと、しっかりとした顎でかたい表面生地をばりばりと噛み砕いた。

 エリアはその様子をじっと見つめていた。


(おかしい……)


 と少女は思うのである。

 彼女の兄は厳格で規律正しい。そんな性格もあって治安軍に入った。一方の少女は働く年齢になっても未だに自分探しと称して街をぶらぶらとしている。兄はそんな妹が許せず、ことあるごとに「昨日はどこに居たんだ?」とか「そろそろやりたいことは見つけたのか?」と耳の痛いことを言い、口喧嘩を繰り広げるのが日常だった。


 しかし、ここ約一週間ほど、一度も喧嘩をしていない。不気味なほどに静かなので、逆に何か怖くなってくる。


「ご馳走様!」

 エリアは家の奥に向かって言う。奥では母親が追加で朝食を作っている。もちろん目の前のこの大食漢の兄のためだ。


「出かけてくるから」

 短く言うと、エリアは家を後にした。

 この海底都市の移動手段「ビークル」に乗り込む。海底道路に出て、海底の岩肌や大小の魚の魚影をぼんやり眺めている時だった。


「あなたが、ローリスのお友達のエリア?」

 と、突然通信が入った。

(え? 誰……?)

 エリアは驚いたが、見知らぬ声なので無視をすることした。


「……あら、無視するつもり? 良いわ。それならローリスから聞いたあなたについての話をするから、私が彼の知り合いだと信用できたら話してもらえるかしら」

 エリアはまだ沈黙を貫いている。


「どこから始めようかしら……。あなたのお兄さんは治安軍の中隊の指揮官。そして、あなたは無職……」

「あんのクソ幼馴染……!」

 人にわざわざ自分の痛いところを紹介されていたと知り、思わずエリアは呟いてしまった。ハッとした時には笑い声が聞こえていた。


「うふふ、今の私も似たような立場よ」

「まぁ、いいわ。それであんた、誰?」

 エリアはため息混じりに言った。


「時間がないから手短に自己紹介するわね。私のことはセレーネと呼んでくれれば良いわ。ローリスとアマルティアの友達。できれば、あなたとも友達になりたいわ」

「二人はどこに居るの? 無事……?」


 ビークルで二人を家の近くまで送って以来、二人の行方は知らない。ただ、ローリスの妹は亡くなったと聞いて、数日はかなり心配していた。その後、何度か街中で治安軍から逃亡していると聞いていたので生きているのは知っていた。ただ、もう自分の手の届くところには居ないと思うようにしていた。


「もちろんよ。ついさっきまで二人と話をしていたわ。彼から頼まれてあなたに連絡したの」

 通信先の少女ことセレーネは言う。


「ローリスが……?」

 エリアは少し胸が高鳴る。

「私と一緒に人探しを手伝ってもらえないかしら? 顔の広いあなたなら探し出せるかも知れないってローリスが言っていたの」


 エリアはすぐに答える代わりに息をつく。このまま、二人の存在を忘れることができたら楽だと心のどこかで思い始めていたので、少し躊躇ってしまった。


「……だめかしら?」

「……いいえ、よく分かってるじゃない。で、誰を探したいの?」

 エリアはスイッチを切り替えたように明るい声になる。


「水神教団の神官、ローデリアよ」

「ローデリア様……? 確かに最近、名前を聞かなくなったような」


 エリアは考え込む。あまり身近な人物ではないので意識をしていなかったが、確かにここ最近、話題がめっきり出なくなった。特に近頃は各アクアリウムを巡業して回っていたため、毎日のように報道されていたはずが、どこかでぱたりとそれが止んだ。


「あなたに聞いて正解だったみたい。じゃあ、早速、街で知り合いに聞き込みをしましょう。私も出来るだけサポートす……」

「街で聞き込み……?」

 エリアは首を傾げる。


「水神教団に直接聞けば良いんじゃないの?」

「……え? でも、そんな重要な情報を……外部の人に教えるかしら? トラブルを起こすのは賢明とは言えないわ」

 セレーネは困惑したような声で言う。

「私の友達が確か、ローデリア様の身の回りのお世話をしてるの。前にちょっとした貸しがあるから、詳しく話をしてくれると思うけど?」

「……」


「それとも、あんたは他に心当たりある?」

「……でも、私の……出番が……」

「んっ? 出番?」

 首を傾げつつ、エリアは既に座席の前にある操作盤で行き先を変更している。

「……ううん、何でもないわ。行きましょう」



 その頃、ゼノンは自分が所属する治安軍支部の建屋前に居た。

 目を閉じて深く思案している。

 

 ローリスと路地裏で会った直後、突然、目の前から教団兵が現れた。

「……やはりか」

「!?」

 慌てて手のひらを固く握り、場所の書いた紙を潰す。


「無駄だ、場所は記憶した」

 教団兵は、フードの包まれた頭のこめかみあたりをトントンと人差し指でつついた。

「お前はかつて、あの逃亡している青年と共に暮らしていた、言うなれば身内だからな。見張っていれば接触があるかもしれないと思っていた」

 教団兵のくちばしの面に開いた二つの穴から目が不気味な光を放つ。


「お前の家族は、お前の態度次第で、あの青年の妹と同じような末路を辿ることになる」

 あの青年、ローリスの家族。ニコラのことを言っているのであろうことは容易に想像できた。


「止せ! やめろっ!」

 ゼノンは兵士の体を掴もうとするが、姿が消えて掴み損ねた。

「いいだろう。だが、お前には以降、教団に協力してもらう」

 背後から声が聞こえた。防具の隙間から刃物が突きつけられる。


「お前とお前の家族の周囲には常に教団兵が居ることを忘れるな」

 突きつけられた刃物が引かれ、振り返った時には、教団兵は再び姿を消していた。

 その場に残されたゼノンは悔しさのあまり拳を握る。力を入れすぎて腕が震えている。

「くそ、またーー」



「……隊長?」

「ぬおっ!?」

 突然声をかけられたゼノンは驚いて体を震わす。

「うわぁ!?」

 その迫力に声をかけた兵士も驚いて後ろに飛び退く。


 一人考え事をしているゼノンの元へ早朝から巡回していた兵士が戻って来たらしかった。

「どうしたんですか? 顔色悪いですよ?」

「いや、大丈夫だ……ご苦労」

 息を整えると戻ってきた兵士たちに敬礼し、労いの言葉をかけた。


「お疲れ様です!」

 ゼノンの言葉に戻ってきた兵士たちは敬礼で応える。

「お前たちは次、別の区域の巡回だな。少し休むと良い」

「了解です」

 全員やれやれと建物の前に腰を下ろす。


「ここで休むのか?」

 ゼノンが怪訝な表情をする。

「中は教団兵とか中央本部から来たお偉いさんとかで息苦しいんで……」

 一番近くに居た兵士は苦笑いを浮かべる。ローデリア襲撃事件以来、海底都市の全アクアリウムは、総動員で厳戒体制を維持している。


 教団兵が派遣され、各司令部には中央から来た指揮官が仕切っている。タイムスケジュールは厳格に管理され、兵士たちは分刻みで巡回に出ていく。

 ゼノンも同じように苦笑いを浮かべた。実際、自分も中に居るのが嫌でここに居たのを思い出した。


 ゼノンは中央塔を見上げる。アクアリウムの中央に近いこの場所からは、その巨大さがよくわかる。塔の中にある魔法石ラピスラズリに不調が発生したとかで、ここのところは点検のために閉鎖されている。


「一体、いつになったら終わるんですかねぇ」

 兵士の一人がゼノンの視線に気がついて言う。

「他所のアクアリウムはとっくに点検が終わってるってのにな」

 別の兵士が呆れたように言う。


 ゼノンは「ん?」と座り込む兵士たちを見る。

「他所は、終わっているのか?」

 兵士たちは不思議そうにゼノンを見つめ返す。

「ええ、中央本部のやつらもただでさえ足りてない人員を教団兵に中央塔の警備で使われているみたいでボヤいてました。隊長、知りやせんでしたか?」


「ああ……」

 ゼノンは塔の麓を見る。点々としか見えないが、教団兵が塀の中へと入って行くのが見えた。

(一体、何をしているんだ?)



「サリー!」

 水神教団の本拠地、大聖堂に到着したエリアは一人の若いシスターに気がつくと手を振った。名前を呼ばれた少女は人差し指をぴっと立てて「シスター!」と付け加えた。


「あはは、ごめん。シスターサリー」

 エリアは言い直す。

 サリーは満足げに笑顔を見せる。彼女はこの仕事をすることがずっと夢だったらしい。

 挨拶もそこそこにエリアはローデリアの行き先について尋ねた。


「ローデリア様……?」

 サリーの表情が曇る。

「そう、あんたなら知ってるかなって」

「でも……、司教様から外部の人には伝えないように言われてるから」


「ふ〜ん?」

 エリアは目を細めてサリーを睨む。

「誰のおかげでリュシオスと付き合えたと思ってるわけ? あ、ついでに恋愛禁止の教団にバレてないのも私のおかげ……」

 サリーは顔を真っ赤にし、慌ててエリアの口を塞ぐ。

「わ、わかったわ! は、話すから」


 サリーは周囲を見る。幸い近くに教団の関係者は居なかった。

 二人は大聖堂のホールにある太い柱の影まで移動する。

「正直に言うと、司祭様たちも行き先を教えてくれないの……」

 サリーは気まずそうに視線を落とす。


「へぇ〜、そう。ところでこのホール、声すごく響きそうじゃない?」

 エリアは手のひらを口元に当てがい大声を出す準備を始める。

「ま、待って! まだ話の途中じゃない!」

 サリーは慌てた様子でエリアにしがみつく。


「カークス司祭が二週間前の夜、急にローデリア様が外出されるって仰られたの。それで、私はお荷物を準備しようとしたけど、お部屋に入れてもらえなくて……」

 サリーは手をもじもじと揉みながら何か悩んでいる。

「だけど、私、聞いちゃったの。ローデリア様を連れてカークス司祭が廊下を歩いている時に」


 ーー塔の方がここよりも安全です。


「それ、どこの中央塔かわかる?」

 エリアが聞くとサリーは首を振る。

「ほ、ほんとにこれ以上知らないの。ねぇ、私たち友達でしょ? これ話したことがわかったら私ここに居られなくなっちゃう……」

 サリーは不安そうにエリアを見る。これ以上は本当に友達を失うことになりそうだと感じたエリアは切り上げることにした。


「もちろん、話を聞いたことは秘密にするから安心して。色々話してくれてありがとう」

 エリアはお礼を言う。

「あ、そう言えば、この間、リュシオスのやつがあんたに会いたいって言ってたわよ。あんた、忙しいからってほったらかしにしたでしょ? 連絡取ってあげなさいよ」

 エリアはウインクする。思わぬ話に嬉しそうにしているサリーを背にしてエリアは大聖堂のホールを後にした。



「あなたって……なかなか狡猾な人なのね」

 外に出るとセレーネが恐ろしげに言った。

「え、そう?」

 エリアは首を傾げる。


「それより、中央塔に居るって。どのアクアリウムかわからないけど」

「ええ、そうね。ただ、アクアリウムは九つある。全部の塔の厳重警備を突破してローデリアを探すにはかなり時間が掛かってしまうわ」

「他に心当たりはないし、今日は引き上げましょ」

 ビークルの元に辿り着いたエリアは乗り込みながら言った。


「ま、待って!」

 セレーネが必死に声を上げる。

「え、どうしたの……?」

「……そんなにゆっくりしている場合じゃないの。この都市が滅んでしまうかもしれないの!」

「滅ぶ、って言われても……」


 エリアは困り顔で窓から往来を見る。いつも通り商いをする人で賑わっている。これで危険が迫っていると言うのも説得力がなかった。

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