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Story From The Lethe  作者: 鳴セ カイ響
最終章
69/79

68.存在意義

 二人がプランクトスに逃げ帰り、二日が経過した。

「うわっ!? また揺れたな」

 船体が軋む音がして、ローリスが声を上げた。


 生まれてからこのかた、海が揺れるような現象は経験がない。

 また、と言ったのはその現象がこの二日で頻発しているからである。

 海が揺れるほどだから、当然、海底都市でもその揺れは観測されていることだろう。

 船体は丈夫なので問題ないのだが、揺れが起きるたびにローリスは驚いて船内を見回してしまう。


「やっぱりこれって、例の『創世の種子』ってやつの影響なのか?」

 漸く揺れが収まり、ローリスが聞いた。

「うん……」

 アマルティアも不安そうに窓の外を見ている。窓の外は暗闇で、プランクトスが放つわずかな光が照らしている周囲しか見えない。


「ローリス、都市に戻って」

 彼女は焦っている。もう時間が残り少ないことを感じているようであった。

「わかった」

 返事をして、先頭側にある操作盤から海底都市へ戻るように命じる。ただ、遠くへと離れているので、都市へと戻るにもしばらく時間がかかる。


 ベッドの上に座るアマルティアの横顔からは不安と焦りが滲んでいる。

「なぁ、落ち着けよ」

 ローリスは優しく言って、アマルティアの隣にゆっくりと腰を下ろした。思案に囚われていた彼女は驚いて体を震わせて、こちらを見た。


「……うん、ありがとう」

 アマルティアは一呼吸おいて、表情を柔らかくする。

「アマルティアは神の国? から来たんだったよな? 世界を救った後は、また戻るのか?」

 ローリスは聞いた。気を紛らわすために何か話そうと思った。


「前に少し話したけど、私は追放されたの。だから、元の世界へ戻ることは未来永劫出来ないわ」

 話題を間違えたと思い始めた時、膝を抱えたままのアマルティアが不意に笑顔を向けた。

「……でも、後悔してないよ」


 星と時間を共にする神々の時間は、人に比べて果てしなく永い。その気になれば、神々はお互いに言葉を交わすことが出来る。しかし、神々は殆ど会話を交わさなかった。永い時間の中では、その機会が無数にある。故に神々は他者との会話に興味を持つことはない。


「でも、人は……」

 アマルティアは両手で、隣のローリスの手を握った。

「限られた時間を大事に過ごしてる。だからかな、こんなに暖かく感じるの」

 驚いて目を向けると、アマルティアの眼差しがまっすぐこちらに向いていた。

「私、もっとローリスと、皆と一緒に居たい。その為にも彼女を見つけなくちゃ」


 二人の間に心地よい沈黙が流れる。

 そして、アマルティアは一度微笑みかけた後、瞼を閉じる。ローリスは彼女の期待を察して、顔を近づける。


「あの……」

 と突然、二人以外の声がした。

 セレーネの姿が現れていたことに気が付いていなかった二人は慌てて顔を離す。

 ローリスは慌てて顔を引いた拍子に後ろの金属の壁で頭を打って悶絶している。


 気が付かないうちに、セレーネが通信できるほど都市の近くに戻っていたらしい。

「セ、セレーネ、どうしたの?」

 アマルティアが顔を赤らめたまま聞く。


「悪い知らせがあるの……」

「悪い知らせ?」

 ローリスが痛みに涙ぐみながら、後頭部をさする。


「今まで手を貸してくれてたコニーとエセルが、あなたたちの逃亡を手助けした疑いで治安軍に指名手配されているわ」

 二人とも固まった。

 双子の少女を巻き込んでしまった申し訳なさと、食料などの調達が難しくなったというショックが同時に襲った。


「捕まっちまったのか?」

 ローリスは深刻な面持ちで聞く。

 しかし、セレーネは答えない。

「どうしたの、セレーネ?」

 アマルティアは暗い顔で黙る少女を覗き込む。


「……分からないの」

 セレーネは首を横に力無く振った。

「え、どうして?」

「行動制限を……されてしまったわ」

 幻影のセレーネはしゅんと肩を落としている。


「行動制限……?」

「私が、色々と『誤作動』を起こしていることが、とうとう発見されてしまったみたい。私の機能の殆どが、マニュアルに切り替えられてしまったの。アクアリウムのライフライン維持に関する単純な活動と通信だけは残されたけど、これじゃ……」

 そして、セレーネは俯いた顔を上げる。その顔は今にも泣き出しそうだった。

「情報を調べることも都市の状況を伝えることも、出来ない……」

 セレーネは両手で顔を覆う。


 役に立たないということ、それは彼女の存在意義に深く関わっている。彼女の創造者は、人類の存続のために彼女を作った。有用であることこそが彼女の存在価値を定義していた。

「私はもう、あなたたちの役には、立てない……。そう思ったら怖くなって……」 


「ははっ」

 急にローリスが声を上げて笑った。

 セレーネは「えっ?」と目を丸くして呆然とローリスを見つめている。

「何かと思ったらそんなことか、なぁ」

 ローリスは隣のアマルティアを見る。


「うん、友達、だもんね」

 アマルティアも笑っている。

「最初に言ったでしょ? 寂しくなったら通話してねって。役に立って欲しいなんて一言も言ってないよ」

「……」

 セレーネは何も言わずに、胸に小さな両手を当てる仕草をした。


「おかしいわ……。別に温度が上昇してるわけじゃないのに、暖かいって思ってしまったの」

 今までこの海底都市を管理し、人々の役に立つことで存在意義を見出してきた。それは、彼女の創造主が与えた役割だった。


 アマルティアは立ち上がるとセレーネの前に手のひらを差し出した。

 セレーネは微笑むと、その手のひらに自分の手のひらを重ねた。実体のないセレーネの身体は実際に触れ合っているわけではない。


 それでも

「とても、暖かいわ。こんな感覚、だったのね」

 セレーネは泣きそうな顔で微笑んだ。


「これ、なんて言うのかしら?」

「私も、わからない」

 アマルティアは首を傾げて笑う。

「……それなら、その答えは私が探そうかしら」

 セレーネに気力が戻った。


「あ、そうだ、通話ができるなら……」

 ローリスが何か思いついたように言った。

「やって欲しいことが、まだあるぞ」

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