67.背信
海底都市のある広場。
人目につきにくい場所にあり、誰も利用しなくなったことから、今では閉鎖されている。
その広場の中心に兵装のゼノンが立っていた。
ローリスのものと思われる紙屑に書かれていた指定の場所だ。ゼノンは自身の管轄である地域から出て、遠くのこの場所まで来ている。
「ゼノンさん」
声をかけられた。
ローリスだった。今度はフードを被っていない。
「ローリス、無事だったか」
ゼノンは振り返る。
そこにはローリスと居候の少女が居た。
「はい。あの時は、ありがとうございました」
ローリスは言った。
「ニコラちゃんのことは残念だ。本当にいい子だった」
ゼノンは刹那に暗い顔で俯く。
「たぶん、教団兵はその子を捕まえようとしたんだろう?」
居候の少女を見る。その視線にやや怯えるように、少女は顔を背けた。
「しかし、分からない。何故、教団兵はそこまでしてその子を狙う?」
ローリスが何か違和感に気が付いたようだ。
「ゼノンさん、これは尋問ですか?」
ローリスは手に槍を取っている。
「答えるんだ、ローリス」
ゼノンも背にした盾と、剣を抜く。
「ま、待って!」
アマルティアが慌てて二人の間に割って入る。
「説明するから、戦わないで!」
「いいだろう」
ゼノンはローリスの方に向けていた剣の切先を下ろす。
「わ、私の……正体は神堕ちで」
「何だって? 神堕ち……?」
ゼノンが怪訝な顔で首を捻る。
「ゼノンさん、アマルティアは元々水神だったんです」
隣のローリスが助け船を出した、が依然何のことか分からない。
(この少女が、教団の信仰する水神だと……?)
まじまじとローリスがアマルティアと呼ぶ少女を見るが、どう見ても変わった格好をした少女にしか見えない。
しかし、思い返してみればおかしな点もあった。
報告によると、彼女は海底都市の外、深海に佇んでいるところを発見された。
普通の人間ならば死んでいておかしくない環境で、救出された彼女は怪我のひとつもなかった。
しかも、住民登録データの中にも彼女が海底都市に存在したという痕跡がないことを示していた。
だが、だとしても水神という話はあまりにも突拍子もない。
それに水神を信仰している筈の教団が、彼女を狙っていることも解せない。
とにかく二人には話を続けさせることにした。
「わかった。仮にその子が教団の信仰する水神だとして、なぜお前たちが追われることになる?」
「私は、ローデリアに会いに行ったの。彼女は私以外の神が力を合わせて作った『新しい世界を作る力』を身に宿している」
少女が語った。
(神と呼ばれる存在は彼女だけじゃない……?)
色々と疑問に思う部分はあるが、一番気になるところを聞くことにする。
「新しい世界を作る、とはなんだ?」
少女を睨む。
自らを水神と名乗りながら、彼女は不安そうにしている。
「言葉の通り。人を滅ぼして、世界をもう一度作り直す力。神は人を見捨てようとしてる」
でも、と少女はこちらに真っ直ぐ見つめる。
「私はそれを止めたい。だから、ローデリアを説得しに行ったの。その力を手放して欲しいって……」
「話が突拍子も無さすぎて理解できないな……」
彼女が真剣そのものなことは伝わったが、正直そう答えるのが精一杯だった。
「でも、あなたは見たはず。あの日、教会の広場で」
彼女の言葉で思い返した。
ポリテイアが立て篭もった教会を包囲したあの日、ローデリアが瞬時に広場全体を取り囲むほどの魔力障壁を作ってみせた。
「あれは、さっき話した『創世の種子』が彼女の内側から彼女の力を増幅させているからよ。あの力でさえ、種子の力の一部に過ぎない」
アマルティアの言葉を聞き終えると、深い思案に陥っていた。
情報が渋滞している。何を信じて何を信じないべきか、判断することが難しい。
己の心に従ってみることにした。時に頭で考えるよりも、直感に従う方が良い場合があることを知っている。
ローリスの方に目を向けた。
「お前は信じている、のか?」
「はい。そうじゃなかったら、どうしてニコラが犠牲にならなきゃいけないんですか?」
「そうか……」
ゆっくりと剣を腰の鞘にしまった。
自分にするべきことはここまでだと感じた。
「じゃあ、ゼノンさんも手を貸してくれますか?」
ローリスは顔を輝かせる。
「いや、俺にはできない」
悔しさが胸に渦巻いている。
「え?」
そのような返答を予想していなかったのだろう。ローリスは目を点にしてこちらを見ている。
「俺は……俺は」
しかし、口を閉ざした。ぎりっと噛み締めた歯が鳴った。
「そこを動くな!」
突然、人気のなかった広場に大きな声が響いた。
ローリスは武器を構えて見回す。
気が付くと広場は武装した治安軍の精鋭に取り囲まれていた。
少なくとも百名くらいは居るように見える。時間を稼いでいる間に、静かにこの広場を包囲して二人を捉える。打ち合わせられた通りだった。
ローリスはこちらを睨みつける。
「俺たちを売ったんですか!?」
「すまない。俺は……家族を人質に取られた」
「え……!?」
「逃げろ、ローリス。全て教団の差し金だ」
最後の最後でゼノンは良心の阿責に耐えられなくなった。後退りして治安軍の包囲の外へと逃れる前に、忠告をする。
「武器を下ろせ!」
治安軍の部隊を率いていると思われる厳つい男が歩み出て言う。
しかし、ローリスは戦意を剥き出しにしている。
兵士たちは取り囲んだ輪を縮めるように迫ってくる。
すり抜けるのは難しい。
(くそっ! せめてアマルティアだけでも)
後ろを振り返ると、アマルティアと目が合った。
彼女は、にこっと微笑み返して、ローリスの前に歩み出る。
「アマルティア……?」
包囲した兵士たちの武器の切先が、アマルティアの目の前まで迫る。
「約束したでしょ、ローリス。私も戦うって」
アマルティアの青い瞳が光り輝く。
突然、床から、槍を模った水が無数に突き出したと思うと、凄まじい衝撃で兵士たちを散り散りに吹き飛ばした。
「なっ!? 馬鹿な!」
辛うじてその場に留まった指揮官の男が、もう一度見た時には、二人の姿は消えていた。
「なんだ!? 今のは魔術……なのか?」
離れた位置からそれを見ていたゼノンは驚く。
居候の少女がローリスの手を引いて広場を離れていくのが見えた。
「水神、か……」
ゼノンは呟いた。




