66.芽吹き
ローデリアは立ったまま目を覚ました。
「私は、何を? ここはどこなの……?」
周囲を見回してみると、光の走る壁、艶々とした石の床、無機質な空間が広がっている。どうやら、どこかのアクアリウムの中央塔らしい。
ーーでも、一体どこの?
ここに至るまでの記憶がない。
「目を覚まされましたか?」
カークス司祭が、視界の外から現れた。
どこに居たのか、彼の存在にも気が付かなかった。
「こ、ここは、どこ?」
ローデリアは激しい頭痛に顔を歪め、頭を片手で押さえながら言う。
今にも意識が途絶えそうなほど頭に強烈な痛みを感じる。
カークスはその疑問には答えることなく、ただ
「あなたにはここに居てもらわなければならない」
と微笑まじりに言った。
「あの忌々しい水神から守るためにな」
ローデリアは理解が追いつかない。痛みで頭を働かせる余裕を失っている。
「水神……様……が、この都市に?」
途切れ途切れに言葉を吐き出す。
カークスは、嘲笑を浮かべた。
「愚かだな。お前が自ら拒んだ者が、教団の信仰する水神そのものだ」
「いったい……誰の……」
頭の中で刹那に回顧する。
一人の少女の姿が浮かんできた。
ーーお願い、信じて……。
少女が泣きそうな顔で言って窓の外へと消える。
「……まさか、彼女の言っていたことが……」
ローデリアは必死に遠のきかけた意識を引き戻す。
「その通り、事実だ」
と目の前の男が言ったのが聞こえた。視界は白んだ光に滲んでほとんど見えない。
「あの肥え太った老いぼれどもに使い走りさせられたお陰で、危うくお前を失うところだった」
男の声だけが、反響するように聞こえてくる。
「だが、俺は運が良かった。あなたの愚かさこそが、俺を救ったのだ」
ぼやけた視界の中で、彼の口元が歪んだのが見えた。
「……良いことを教えよう。都市で起きた死霊術の件、あれは全て俺の仕業だ」
「なんですって……!?」
自ら放った言葉でさえ、少し遠くに聞こえ、誰か別の人間が話しているように感じられる。
「なら、ポリテイアは……?」
教団が協議して決めた通り、治安軍はポリテイアの人間を根こそぎ排除した。
「奴らに罪を着せただけのことだ。そして、お前たちも奴らが目障りだった」
「クク……」と不気味な笑い声が聞こえる。
「実にやり易かったよ。大した証拠すらなく、お前たちは動いてくれた」
「どうして……そんなことを……」
「試す必要があったのだ。あの、ラピスラズリとか言うもので死霊術を拡散できるかどうかをな」
「あなた、一体何を……」
しかし、そこで頭の割れるような衝撃が来て、耐えることすらできずに意識を失った。
カークスは目の前の女を見て、既にそれがローデリアとは別のものであることを察した。さっきまで頭痛に頭を抑えていたローデリアは、目を開いたまま直立している。
その瞳の中には四色の光が怪しく蠢いている。そして、女の金色の毛髪までが光を帯び始める。
カークスはその女の頬を愛おしそうに撫でた。
「これで、全ての苦しみが終わる」
カークスは背を向けて歩き始める。
(時は満ちた。あと少し、念には念を押さねばな)




