64.兵士
プランクトスは海底都市を遠く離れ、暗い深海を航行していた。
アマルティアはベッドに座り、じっとただ暗闇が広がるだけの窓を見ている。実際に何かを見ている訳ではなく、考え事をしているのだろう。その表情には憂いが見てとれる。
アマルティアにとっては人類は皆、守るべき存在で武器を向けて来る相手でさえ、傷つけようとしない。
例え治安軍が武器を構えて向かって来るとしても、彼女は彼らを傷つけたくない。
それは恐らく人類を滅亡に導くであろう「創世の種子」を宿すローデリアに対しても同じだ。
しかし、彼女が全員を救いたいと思えば思うほど、その望みは遠のいて行くように感じられた。
(私が、間違ってるの?)
脳裏に浮かんだ思いが、アマルティアに恐怖をもたらす。
しかし、彼女はそれを受け入れることを必死に拒み続けた。
神が人々を見捨てたように、自分もまた一人を見捨てることを認めたくはなかった。
それを認めれば、今までの苦しみや想いは全て水の泡となる。
「アマルティア」
ローリスが名前を呼んだ。
ぼんやりと思案に耽っていたアマルティアは、何か香ばしい匂いが船内に立ち込めていることに気がついた。
「料理を作ってみたんだが……」
なぜかローリスは気まずそうな笑みを浮かべている。
二人が向かい合って座れるだけの小さなテーブルに並んだ料理は、ニコラが以前に作ってくれたメニューと同じだった。
「ん……!?」
一口食べた途端に、アマルティアは声を上げた。
「ローリス、しょっぱい……」
アマルティアは口を窄める。
「真似して作ってみたんだが、ニコラみたいにはいかないな」
ローリスは苦笑しながら、自分で作った料理を口に運ぶ。
「しょっぱ!」
ローリスも同じように口を窄める。
アマルティアはその顔がおかしくて笑った。
暗闇の深海の中、狭い船内。状況は悪くなっていくが、ローリスとこうしていると気持ちが紛れた。
「大丈夫か?」
食事を終えた後、ローリスが聞いた。
「……え?」
アマルティアは気まずそうな顔で見つめ返す。
「うん、大丈夫。お、美味しかったよ」
アマルティアはぎこちない笑みを浮かべる。
「いや、そっちじゃなくてさ……」
ローリスは苦笑する。
「ずっと、暗い顔してたろ」
言われてはっとした。彼なりに元気づけようという気遣いだったらしい。
アマルティアは思わず俯いてしまっていた。顔が熱っている。
「きっとローデリア様はすぐ見つかるさ。次は他の人を頼ってみよう」
ローリスは笑う。
「次は……」
アマルティアは俯いたまま言う。
「私も連れて行って」
ローリスは何だかんだと理由をつけてアマルティアを船内に残そうとした。彼なりに考えあってのことらしい。
「……ああ」
ローリスは煮え切らない返事をする。
しかし、まだ、アマルティアはローリスを見つめている。
「どうして私を船内に残そうとするの?」
「いや……その」
ローリスは答えにくそうに顔を逸らす。
「ローリス……」
アマルティアはまるですがるようにローリスの横顔を見つめた。
「まさか、私を……足手まといだと思ってるの?」
「……」
ローリスは気まずそうな顔で沈黙した。
「どうして……?」
アマルティアの目からは、ぽろぽろと涙が溢れる。
彼を信用できなくなることが怖かった。
「いや! 違うんだ」
ローリスは慌ててアマルティアの肩を掴んだ。
「あんた、ニコラを……手に掛けた教団兵ですら庇っただろ? そのあんたが、治安軍の兵士と本気で戦えるか?」
「それは……」
アマルティアの俯いた顔に戸惑いが見えた。
「俺はこれでも兵士だ。兵士ってさ、戦う理由にあんまり深いことは考えてないんだよ。正直、あんたみたいに人類を救うとか、そんな規模のでかいことなんて、俺には戦いの中で実感できない、と思う」
ローリスは右手を見せるようにアマルティアの前に上げた。
「俺は、あんたのために戦うんだ」
その手首には、アマルティアが贈った腕輪が光っている。
「だから、あんたが戦えないなら、俺が戦う。それが俺なりのけじめなんだよ、って……言葉にするのがすごい、恥ずかしくてさ」
「ローリス……」
アマルティアは顔を上げた。
「……あんたは人類を救おうとしてるんだ。なのに人と戦わなきゃいけないなんて変、だよな。けど、その気持ちが分かるからこそ、俺がやらなきゃいけないんだ」
アマルティアはローリスに身を寄せて胸に顔を埋めた。
「俺は、いつでもあんたの味方だよ」
ローリスはアマルティアの頭を撫でた。
「って言うか、本気出したら絶対にあんたの方が強いんだからな……」
アマルティアを離すと、そら恐ろしそうに言った。
「あはは」
アマルティアはそれがおかしくて思わず笑ってしまう。
「……ありがとう。でも、私も戦わなくちゃ。もう、迷わないから今度はきっと連れて行って」
コニー&エセル。
職人たちの街の一角に位置するこじんまりとした工房に、治安軍の小隊が訪れた。
「開けるんだ!」
治安軍の一人がドアをライフルで殴りつけるように叩く。
中。
治安軍が捕らえにくるということを先に聞いていた双子の少女は、荷物をまとめて逃げ出そうとしていた。
「ど、どうしようエセル! 治安軍の人たち来ちゃったの!」
「と、とにかく、てきとうに返事をして時間を稼ぐの!」
エセルに言われた通り、コニーは大きな声で返事をする。
「は、は〜い! コニー&エセルは今日お休みなの! ごめんなさいなの!」
「客じゃない、治安軍だ! 早くこのドアを開けろ!」
治安軍の声がドアの外から響いてくる。「店の窓から逃げないように見張れ!」と指示する声も後ろで聞こえた。
「た、大変なの……」
コニーは泣きそうになりながら、鍛造用のハンマーを荷物に入れようとする。
「そんなの持って行ってる場合じゃないの! 食料とか生活に役立つものにするの!」
「だってぇ……身を守るものは必要でしょ?」
コニーが言うとエセルは、はっとした顔をして自分の鍛造用ハンマーを取ってリュックの中に入れた。
外。
「おい! いい加減にしろ。出て来ないようなら突入するぞ!」
ドアを叩いていた治安軍の兵士が痺れを切らし始めた。
「突入の準備をしろ!」
と周囲の兵士に言う。
兵士はドアに向かって何度も発砲する。脆くなったドアを突き破って入ると、中はもぬけの殻だった。
「なに!? どこから……」
と言いかけて部屋の奥にある薪もくべられていない暖炉が目に入った。
兵士は駆け寄ると、身を屈めて暖炉に顔を突っ込んで上を見上げた。
上には外が見えていた。
治安軍の兵士は外に出て叫んだ。
「くそ、やられた! 追え追え!」
こうして双子の少女も、治安軍に追われる身となった。




