63.逃亡
更新遅くなり申し訳ありません。今話から最終章に突入です。
工業区の大半は個人経営の工房と都市が運営する大きな工場の敷地で占められているが、中には食品店も存在する。
とはいえ、数少ない客を相手にしているために一人でやっているようなこじんまりとした食品店が多い。
「あぁ、いらっしゃい」
情報盤を見ていた丸い顔の中年の店主は、来客を告げるベルに顔を上げた。
「あぁ、コニーちゃん。まぁた徹夜したの?」
店主は来店した眠そうな少女の顔を見るなり笑った。
コニーとエセル、工房に籠りきりの双子の姉妹は、工房から近いこの店の常連になっている。
「うん……」
返事をした後に大あくびをしながら、コニーは店の入り口のカゴを手に取る。
「昨日買ったばかりなのに、今日も随分と買うねぇ……」
コニーがカゴの中に手当たり次第に簡易食品のパッケージを入れていくのを見て、店主は丸い顎をさすりながら言った。
「あと、アーマーフィッシュの白身六〇〇グラムとあの、ニードルロブスターのテールのむき身をボイルしたやつ、たくさんちょうだい」
会計台に食品を満載にしたカゴをドン、と置いた後にコニーは言う。
「ええ!? どんだけ食べるの!? よくそんなに小さい身体のままで居られるね……」
店主は戸惑いながらもカウンターの中から言われた通りの食材を包んだ小包二つと、カゴの中に入ったパッケージをまとめて袋に入れる。
「じゃあ、全部で一一〇〇ポイントになるけど、ほんとに大丈夫……?」
店主はまだ信じられなさそうに聞く。
「うん、大丈夫……」
とコニーはまだ眠そうに答えると、店主は手元の情報盤を何度か叩く。
コニーの耳に装着されている小さなピアスに施されたラピスラズリが光を放つ。
「はい、確かに。毎度あり」
情報盤に表示される数字を確認して言う。
「おじさん、じゃあねぇ〜」
コニーはふにゃふにゃとした口調で言うと、食品の入った大きな袋を両手に提げて店を出ていく。
袋が大きすぎて地面に引きずっている。
「ああっ! 言わんこっちゃない! 引きずって歩いたら破けるよ!」
店主が立ち上がって大声で言う。理解しているのかどうか分からないが、コニーは袋を引きずったまま眠そうに出ていってしまった。
店主は「やれやれ」とため息をついて大きな尻を椅子に下ろす。
(急にあんなに買い込んで、一体どうしたのかなぁ)
ついでにもう一つ珍しいことに気がついた。
(あれ? そう言えば、今日はエセルちゃん居なかったな)
いつもなら、必ず姉妹揃って買い物に来るのだが、今日はコニーの方だけしか姿を見せなかった。
(珍しいこともあるもんだ……)
と思いながら、食品在庫を見た。
「あっ……さっきので在庫がほとんど無くなったな。また仕入れないと」
そうして店主は抱えていた疑問を忘れた。
「ただいま! ねぇねぇ、見つけたの!」
工房の扉を開けて入ってきたのはエセルだった。
左手に持っていた小さな袋を掲げて顔を輝かせる。
その後ろから、
「うぅぅ……ただいまぁ、なのぉ……」
とコニーの帰って来た声がした。
大きな袋を二つ胸に抱えているせいで顔が隠れている。
袋には穴が空いていて、また一つ簡易食品の箱がポロリと穴から転がり落ちた。
「あああ! 穴が空いてるぅ〜!」
エセルは両手で頭を抱える。
袋を下ろすと、コニーの泣き顔が現れた。
「だぁってぇ……重かったんだよ! 一人で手に抱えて帰って来ただけでも褒めて欲しいの!」
コニーはいじけてそっぽを向く。
「なんでエセルはこんなちっさいのだけなのぉ〜!」
コニーは頭からプンスカと湯気を上げながら、エセルの手に提がった小さな袋を指差した。
「こっちだって見つけるの大変だったの! 骨董品屋まで回ったの!」
エセルは腰に手を当てて「フンス!」と鼻を鳴らす。
「で、なにを買ったの?」
コニーはエセルの手に持たれた買い物袋に手を突っ込んだ。
「ん、なにこれ? 小さい……時計なの?」
袋から手を抜くと、そこには銀の懐中時計が握られていた。
「うん! これ、振るだけでずっと動き続ける不思議な時計なの!」
エセルは顔を輝かせる。職業柄、こういう細工物には目がないらしい。
「えっ!? これ魔力なしでも動くのぉ!?」
コニーも興味津々に手に握ったそれを見つめる。
「「で、これは何に使うの?」」
双子は工房の奥を見て同時に首を傾げた。
奥にはフードを深く被り、顔を隠した男が座っている。
フード付きの外套の下には兵装が覗いている。
「助かるよ。これがないと時間が分からなくてさ……」
被っていたフードを後ろに下ろすと、ローリスの笑みが現れた。
ローリスとアマルティアは海底都市からプランクトスで離れて、しばらく、暗い深海の中に身を隠した。
セレーネの言う通りに深海の暗闇の中に身を隠した。随分長い時間を深海の暗闇で過ごしたと思っていたが、それがたったの二日に過ぎなかったと分かったのは、食料が尽きてこの工房へと戻って来た時だ。
街は治安軍の警備が厳重になっていて、道中セレーネのサポートを手厚く受けても、ここに辿り着くのには難儀した。
今後は警備が手薄な時間帯を選んで戻らなければならないとローリスは痛感していた。
「ニコラちゃんに頼んでプランクトスの操作盤に時計を追加すればいいのに〜」
エセルは不思議そうに言う。
この双子にはニコラのことを知らせていない。
ローリスは二人と話していると、まだ妹がどこかで生きているような感じがして、気持ちが紛れた。
「……そんな簡単に帰れないんだよ。指名手配されちゃったからな」
ローリスは頭を掻く。
「……どうしてニコラのお兄ちゃんが指名手配されちゃうのか、よく分かんないの。全然怖い人じゃないのに」
コニーは気の毒そうな顔で視線を落とす。
この双子はローリスとアマルティアが去った後、二人が指名手配されている事実を知ってもなお、協力してくれている。
幼い職人である二人は、金属加工以外の細かい話はよく分からないらしい。ただ、一緒に一つの作品を作り上げた友達、ニコラの兄ということで信用してくれているようだ。
ローリスは椅子から腰を上げた。
「ありがとな。ほんとはもっとちゃんと礼をしたいんだけど……」
「あはは! じゃあ、疑いが晴れたら一生ニコラのお兄ちゃんに養ってもらうの!」
「うん、そうだね!」
双子が背後で賑やかに冗談を言い合うのを聞きながら、ローリスは食料と懐中時計を大きなバッグに移していく。
「もう行かないと……。悪いんだけど、この借りはツケといてくれ」
バッグに荷物を詰め終えると、急いで工房を後にした。
双子はその背中を笑顔で手を振って見送る。
工房の裏手側にある路地へ回ったところで、セレーネが呼びかけて来た。
「ローリス、長居しすぎたわ。治安軍の巡回が大勢、街に入って来てる」
「プランクトスまで通り抜けられそうか?」
ローリスは建物の影から細い通りの先を覗き見る。
裏路地だというのに治安軍の小隊が巡回している。
ローリスは舌打ちした。
「四人くらいなら何とか力づくでも……」
「駄目よ! 少しでも長引けばすぐに近くの応援が押し寄せて来るわ。だから、アマルティアを連れて来ないって決めたんじゃない! 忘れたの?」
「……そうだよな、悪い」
「大丈夫。数が多くたって、私が抜け道を探すから」
セレーネの言葉でローリスも幾らか落ち着いた。
ここ二日、狭い空間の中で生活した。戻って来るとローデリアの行方が分からなくなっており、挙句この治安軍の警戒体制の中で身動きはかなり取りにくい。
焦りから冷静さを失っていた。
「今よ。次の角まで走って」
セレーネの合図で、ローリスは建物の影から飛び出して、裏路地の次の角へと走る。
さすがに警備を俯瞰して見ているだけあって、セレーネの指示は的確だった。ただ、それがあっても治安軍の数が多すぎて、移動のタイミングがシビアになっていた。
セレーネの先導なしでは、もはや街中を歩くことは難しいだろう。
何とか街を抜け、アクアリウムの端へと辿り着く。
すると、魔力シールドの壁を突き破ってプランクトスの尖った後部が入って来た。
すぐに後部ハッチが開く。
ローリスはハッチからプランクトスに乗り込んだ。
「ローリス、おかえりなさい」
アマルティアが駆け寄って来て、ローリスの手にしていたバッグを受け取る。
ハッチが閉まって、また海底へと出発した。
「こんなに!? 冷蔵庫に入るかな……」
アマルティアは、はち切れそうなバッグを開いて言った。
「生の食材もあるから早めに調理しないとな」
ローリスは言いながら、纏っていたフード付きの外套を脱いでベッドの上に置く。
「二人とも聞いて」
船内の空中で光が発生し、収束してセレーネの姿が現れた。
「探してみたけど、やっぱりローデリアの姿は見当たらない。それどころか、彼女の痕跡すら見つからないわ。まるで消えてしまったみたい……」
「セレーネにも分からないことってあるんだな」
ローリスは「やれやれ」と疲れた様子でベッドに腰を下ろした。
「笑い事じゃないわ。普通、海底都市の情報の全ては私の管理下にあるはずなのに、行き先が分からないなんて、おかしい……あっ」
セレーネは何かに気がついたように声を上げた。
「どうしたの?」
屈んで備え付けの簡易冷蔵庫に食材を入れていたアマルティアがセレーネを見る。
「……いつの間にか、情報が参照出来なくなっている場所があるわ。前は、見れたのに……」
空中に浮かぶセレーネは、不思議そうな表情でしばらく視線を宙に漂わせていたが、やがて首を横に振った。
「……とにかく、そろそろ私が通信できる領域を出るわ。次にあなたたちに会うまでに解決できないか探ってみる。じゃあね」
セレーネはそう言い残すと、姿を消した。




