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Story From The Lethe  作者: 鳴セ カイ響
第3章
63/79

62.赦し

 コニー&エセル。

 海底都市の工業地区の一角にある工房である。

 双子の少女が二人で運営している。


 双子の少女は幼いころに鉱石の加工技術を通して物作りに興味を持ってから、将来工房を開くことを夢見ていた。

 そんな彼女たちは毎日、工房に篭りっきりで作業をしており、ほぼ家に帰ることはない。

 

 様々な加工用道具が壁や作業台の上にびっしりと置かれている。ハンマーやレンチなど使い方のわかるものから、用途の分からない不思議な道具まで様々だ。

 そして、二人は作業台の床に作業服のままで折り重なるようにして眠っている。


 コンコンとドアが鳴った。

 誰かがノックしたようだ。二人は同時にぴくんと体を震わし、同じように眠そうな目を擦りながら時計を見る。

 時計のパネル表示はまだ、早朝の時刻を示している。


「こんな朝早くにおきゃくさん……?」

「とにかく、開けてみるの!」

 エセルがドアの方へ駆けていく。


「ニコラのお兄ちゃん……?」

 そこにはローリスが立っていた。

「おはよう、エセル」

 ローリスの背後からアマルティアが現れる。


「あ、居候のお姉ちゃん」

 コニーも続いて工房の奥から出て来た。

「二人でどうしたの? ニコラは?」

 エセルは目を丸くして不思議そうに二人を見上げる。


 反応を見るに工房に篭り切りの二人は、アマルティアが指名手配されていることは知らないようだ。

 ニコラ、という単語にローリスの顔がこわばった。

「あ……」

 とアマルティアがローリスのその表情を見て口を開いた。


「後から来るの。先に前に作ってたプランクトスの操作説明を確認しといてって言われて」

「え〜? ほんとにぃ?」

 コニーは目を細めて疑いの眼差しを向ける。


「どうする……?」

 コニーは隣のエセルに視線を向ける。

「でも、お兄ちゃんが知ってるってことは、本当みたいだから良いんじゃないの?」

 エセルは首を傾げた。


 二人はそれぞれ何か納得したように頷く。

「じゃあ、案内するからついて来て!」

 姉妹はローリスとアマルティアの手を取った。


 早朝の通りに人はまばらで、たまに人が居てもこちらを見向きもしない。

 そして、二人の海底鉱石採掘を手伝った時にアーケロンが駐機してあった場所へ連れてこられた。


 作業用のアーケロンが並ぶ中に一つだけそれよりさらに大きなシートに覆われた何かが並んでいる。

 コニーとエセルは二人でそのシートを外し始める。

 シートの中からプランクトスが現れた。

 


「これは……」

 ローリスがつぶやいた。


「……前にニコラが作りたいって言ってた海中で生活できるように改造したプランクトス。コニーとエセルに制作を依頼してたらしいの」

 アマルティアは隣で言った。

「私は聞いてたんだけど、その……ニコラが自分の口から言いたいからローリスには秘密にしてって……」


 ローリスは何も言わなかった。

 そうしていると、シートを剥がし終わったコニーとエセルが戻って来た。

「お待たせ! じゃあ、操作の説明をするから中に入って!」


 コニーが中を案内してくれた。中は小さな部屋のようで、二人がやっと並べるくらいの細い通路を挟んで両脇にベッドや小さなテーブル。キッチンやトイレなど、しばらくここで生活ができそうなほど、設備が充実している。


 先頭に設置されているガラスのような透明の板。そこに光で文字が表示されている。それが操作盤のようだ。

「ここを触ると始動で……ここがね……」

 エセルがローリスに操作方法を説明する。


「このマークは何?」

 隣から盤を覗き込んでいたアマルティアが言った。

 盤の端に表示されている謎のマーク。エセルの説明の中にはそのマークについての解説がなかった。


「え? わかんない。何これ……?」

 エセルは不思議そうにそのマークを見つめる。


「押してみようか?」

 コニーは人差し指を立てて目を輝かせる。

「分からないものは押しちゃダメなの!」

 エセルが慌ててコニーの首根っこを捕まえて外へ追い出す。


「これで説明は終わり! さっきのマークはあとでニコラに説明してもらって! ラピスラズリの設定はニコラがやってるから一番詳しいはずなの!」

 戻ってくるとエセルが言う。


「じゃあ、私たちは戻るの! 離れる時はハッチを閉めるのを忘れないでね!」

 コニーが後部ハッチから覗きこんで言った。

「ありがとう」

 アマルティアは笑顔で応えた。


 二人はそのままプランクトスを始動させ、海中へと出た。

 都市から遠くへと離れていく。


「こんなものを作っていたなんてね」

 海中へ出ると、声と共にセレーネの幻影が部屋の空中に現れた。

 音声はプランクトス内部のスピーカーから聞こえているようだ。


「セレーネ、どうやって……?」

 アマルティアが驚いて聞いた。

「このプランクトスのラピスラズリを借りて、姿を投影させてもらってるの」

 セレーネは空中で手を広げて、くるりと回って見せる。


「……そうだ、セレーネ。どのくらい、遠くに行ったらいい?」

「私の認識が及ばないほど離れれば、現実的にはあなたたちがどこに居るのかを知る方法は無くなるわ。暗くて広大な深海の中を手探りで探す以外にはね」


「うん、わかった」

「……それじゃ、しばらくお別れね。あ、そうだわ」

 別れの挨拶をしようとしたセレーネは思い出したような顔でローリスの方を見る。


「な、なんだ?」

 その視線に気がついたローリスは聞いた。


「さっきアマルティアが聞いてたマークだけど、あなたの妹が基盤に何か仕込んでたみたい。代わりに私が操作してあげる。それじゃ、またね」

 セレーネの姿が消えた。


「……お兄ちゃん」

 静まり返った船内にニコラの声がした。

「ニコラ……!?」

 ローリスは驚いて声の方を見る。


 通路の真ん中にニコラの姿があった。

 どうやら、セレーネと同じような仕組みで姿を投影しているらしい。

 ローリスはゆっくりとニコラの方へと歩いていく。


 視線はまっすぐ前を向いていて、ローリスと視線は合わない。過去に記録された姿を投影しているだけのようだ。

「……ごめんなさい!」

 突然、ニコラが頭を下げた。


「私、このプランクトスを買っちゃったの。だいぶ安く作ってもらったんだけど、それでも私の給料の一年分くらいかかっちゃった」

「なんだって……?」

 ローリスは呟く。そんな費用がどこから出せたと言うのか。


「そのために、家計をだいぶ削っちゃって……。食事、わからないようにしてたんだけど、安物ばかりだったでしょ? そのせいなの……。だけど、私、どうしても自分の夢を叶えたくて……」

 ニコラは一度目を伏せる。


「お兄ちゃんは稼ぎが少ないから、私を不幸したと思ってるって、エリアお姉ちゃんから聞いた……」

 ニコラは言葉を詰まらせる。涙が出そうになるのを堪えているようだ。

「……だけど、私は幸せだから」

 目を上げたニコラの顔から笑顔がこぼれた。


「いつもありがとう。お兄ちゃん」

 ニコラは喜びを噛み締めるように船内を見回す。

「お兄ちゃんにもこのプランクトスが気に入ってもらえると嬉しいな」


 そして、いつになく恥ずかしいことを口にしたニコラは、熱った顔を両手で扇ぐ。

「はぁ……どうか許してもらえますように……」

 と呟き、基盤を操作しながらニコラの姿は消えた。


 船内は再び沈黙に包まれた。

 ローリスはニコラが消えた後も、その場所をじっと見たまま黙っている。

「ローリス……」

 気がつくと、心配そうな顔のアマルティアが隣にいて、ローリスの手を握った。


「大丈夫だよ」

 とローリスは微笑んだ。

 目は涙ぐんでいるが、表情は穏やかだった。

「……俺は」

 ローリスはまたニコラが映っていた空間に目を向けた。


「ずっと思ってたんだ。自分の勝手な正義感で稼ぎもそんなによくない兵士になっちまって、ニコラから子供の時間を奪っちまったんじゃないかってさ。友達と遊んだり、楽しい時間がもっといっぱいあって……」


 ニコラとの思い出がローリスの頭の中を過ぎっていく。

 思い出の中のニコラは、いつも表情が豊かで、どこか楽しそうだった。


「でも、違ったんだな。あいつはちゃんと、自分のやりたいことが出来てたんだ」

 ローリスは空間から目を離し、今度は船内を見回す。


「……うん、そうだね」

 アマルティアは目を瞑った。

 心の中でニコラに別れを告げる。


 二人を乗せたプランクトスは海底都市から離れ、暗闇の深海へと向かっていく。

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