61.犠牲
ローリスとアマルティアはすぐさま、ローリスが所有するビークルへと乗り込み、海中へと出た。
海底道路の途中でローリスは手動操作に切り替える。ビークルは魔力で形成されたヒレを羽ばたかせて、道路から上へと離脱し、街より高い海中で静止した。
眼下には海底都市の灯りが見えている。
「セレーネ」
アマルティアが呼んだ。
「……ええ」
セレーネが応答した。
「状況は大体分かってるわ。かける言葉も見つからない……」
アマルティアはそれを聴きながら、心配そうに運転席を覗き込む。
家を離れてから、ずっと塞ぎ込んでいる。
「どこに逃げたら良いかな?」
アマルティアは聞く。
「一番安全なのは、間違いなく海中よ。今、私が確認できる情報から察するに、都市内部は明日にも厳戒体制に移行すると思うわ」
だけど、とセレーネは続ける。
「……次にどうするかを決めるまでにしばらく時間がかかるとして、その間、ずっとビークル内で生活することになるわ。普通のビークルはあくまでアクアリウム間の移動を想定して作られているから、現実的じゃないかもしれない」
「そんな……」
アマルティアは、また前の座席にいるローリスの方を見た。
半神の彼女は、普通の人間とは違う。人間なら数日と持たない瘴気が充満し、食料となるようなものが殆どない地上でも、溢れる魔獣を相手に戦いながらほとんど無休で歩き続けられた。しかし、普通の人間であるローリスに、それは難しい。
「あ……」
アマルティアが何かを思い出したようだ。
「一つだけ、海中で何日も生活できそうなビークルに心当たりがあるかも」
「本当に?」
セレーネが意外そうに言った。
「だとしたら、それに乗って海中に出て遠くへ行くことを勧めるわ」
「ローリス、工業区まで行ってくれる?」
アマルティアは運転席の方へ身を乗り出して言う。
「ん? ああ……」
上の空だったローリスは返事をする。
停止していたマンダは再始動し、ヒレを羽ばたかせながら都市の方へと向かう。
水神教団、大聖堂。
「なんですって!?」
戻ったカークス司祭にローデリアは詰め寄るように言った。
「いかなる手段を使っても、あなたを襲った少女を捕える。それが水神教団の決定です」
彼はこともなげに言う。
「だからって、幼い女の子を手にかけるなんて……!」
「今さら、何を言っているのです?」
背の高いカークスは眼前のローデリアを見下ろす。
「あなたが現れたお陰で、水神教団はこの都市を支配するほど大きな組織となった。しかし、本当にそれだけで水神教団が大きくなったとお思いですか?」
「言っている意味が、分からないわ」
ローデリアの目が怯えている。
「邪教のものを滅ぼし、逆らうものを滅ぼし、教団を守るために私をはじめとする教団兵は手を汚し続けた。だからこそ今の水神教団があり、あなたがある」
ローデリアは絶句している。
「ただ理想を掲げるだけで、救いを与えることはできません。代償を伴うのです。今回は、たまたまそれが幼い少女だったに過ぎない」
しかし、とカークスが微笑んだ。
「……あなたは心配する必要はない。あなたが授かった力は神から授かりし賜物。これは神があなたに与えた道なのです。あなたに仇なすものは私がこの手で排除しましょう」
ローデリアが胸の前に構えていた手を覆うようにカークスが手を取る。
ぞっと背筋が凍るような感覚を覚え、怒りは勢いを失った。
「次は、どうしたらいいの……?」
狼狽したローデリアは手を退いて、カークスから離れる。
先ほどから強い眩暈がしていた。
あの晩餐会から度々繰り返している。
それも、どんどん間隔が短くなっている。
ローデリアは朦朧とする意識を繋ぎ止めるために頭に手を当てがい、呼吸を整えようとする。
「ローデリア様、色々と心労でお疲れなのでしょう。しばし、お休みください」
カークスが隣に来て、彼女の身体を支えた。
ふらついた身体が安定する。
「また、あの邪教の少女が現れ、あなたを惑わすことがないようにここを離れましょう」
隣に居るはずのカークスの言葉が、遠くから聞こえてくるような気がする。
「わかったわ……」
ローデリアは何とか言葉を絞り出した。
考えることも億劫なほど、頭が重い。
カークスはローデリアを部屋のベッドへと寝かせ、外へ出た。
その足で教皇の部屋へと向かった。
「ローデリア様の体調が優れません」
カークスは言った。
「なるほど……。それで?」
夜分遅くに呼び起こされた教皇は、不快そうな面持ちでそれを聞いていた。
「先日の襲撃の件もありますので、しばらく、ローデリア様には大聖堂から離れた場所で療養することを許可頂きたいのです」
カークスの言葉に教皇は少し考え込んだが、頷いた。
「……承知しました。その間の彼女の護衛はどうしますか?」
「もちろん、その間は私と教団兵が護衛致します」
「いいでしょう。くれぐれも大事無きようにお願い致しますよ。万が一、何かあれば困りますからな」
教皇は言った。
カークスは会釈をして教皇の部屋を辞した。
外へ出ると、ちょうど通信が入った。
「申し訳……ございません。邪教の娘と青年を仕留め損ねました」
青年の家へと残してきた教団兵の一人からだった。
「構わん、俺と合流しろ」
カークスは動じる様子もなかった。
(私の目的は半ば達したのだからな)
通信を終えた後、心の中で彼は呟いた。
その夜のうちにローデリアは大聖堂から姿を消した。




