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Story From The Lethe  作者: 鳴セ カイ響
第3章
61/79

60.痛み

「ニコラ! ニコラ!」

 通話が終わった後、ローリスは再び呼びかけようと試みるが、応答はなかった。

「ローリス、早く戻らなきゃ」

 アマルティアはローリスの手を引いた。ローリスは頷き、二人は駆け出そうとする。


「駄目!」

 セレーネの声が二人を止めた。

「さっき、通信中に誰かが魔力軌跡の追尾して居場所を特定しようとしていたわ。私が阻止しておいたけど、きっとあなたが戻ってくることを予想しているはずよ」

「セレーネからは向こうが見えないの?」 

 アマルティアは聞いた。


「……ええ。理由はわからないけど、特定の情報に対して私がアクセスすることを制限されているみたいなの。こんなこと……初めてよ」

「そんなの関係ない! 見えないなら戻ればいいだけだろ!」

 ローリスは声を荒げた。今にも駆け出したい衝動を抑えて、会話をしている。


「ローリス、駄目! 危険よ!」

 セレーネは負けずに言う。珍しく感情的になっているようだった。

「上手く説明できないけど……嫌な予感がするの」

「でも、セレーネ、私もニコラが心配」

 アマルティアが言う。


「……わかったわ。忠告はしたから」

 セレーネが渋々折れたので二人は顔を見合わせて頷くと駆け出した。




 待ち疲れたエリアはビークルの座席の中で眠ってしまっていた。

 ローリスをここまで連れて来て、何時間もここで待っていた。

「う〜ん……」

 エリアは窓を叩く音に目を覚ました。


 見ると、血相を変えたローリスとアマルティアが外に居た。

 エリアはドアのロックを解除する。

「何?」

 ビークルに乗り込んできた二人に、不機嫌そうな顔で聞いた。


「頼む、急いで家に戻ってくれ」

「もう! 何時間も放っておいて、帰って来たらいきなり急いで帰れって何!?」

 エリアは文句を垂れながら、目の前のラピスラズリに手を伸ばし、ビークルを起動する。

「ニコラが危ないんだ、頼む!」

 ローリスが運転席へ身を乗り出す。


「え? どうしてニコラちゃんが……」

「いいから早く!」

 ローリスの血相を見てエリアはすぐに正面に向き直って操作をし、ビークルを出発させた。


 三人を乗せたビークルは海底道路の両脇に点々と続く照明の間を高速で走り抜けていく。

 アクアリウム間を移動する途中、セレーネの存在は伏せて、ニコラとの通話のことを話した。


「何それ、やば……。教団ってそんな感じなの?」

 運転席から後ろを覗き込んでいたエリアは青ざめた。

「その……アマルティアが、ローデリア様を襲撃したっていうのは本当なの?」

 エリアは恐る恐るアマルティアの方を見た。

 アマルティアは首を横に振った。


「……襲ってなんかない。ただ、話しに行っただけ」

「何を、話したの?」

「……」

 アマルティアは沈黙した。


「……たぶん、あんたは知ってるんでしょ?」

 エリアはローリスを見る。

「ああ、だけど、話すと長いんだ。それに、これ以上お前を巻き込むのも悪いしな」

「……」

 ローリスの言葉に、エリアの顔は刹那に憂を帯びる。


 しかし、何か切り替えを行うように小さくため息を吐いて元の太々しい表情に戻った。

「ま、あんたに悪巧みなんて出来るわけないし、たぶん教団が何か嘘を吐いてるってことね」

 エリアは前に向き直ると座席に身を沈めた。

「……ありがとな」

 ローリスは気まずそうに言った。巻き込まないためとは言え、彼女には何の説明もなしに危険を冒してもらっている。


「いいわよ。お互い様ってことにしといてあげる」

 エリアは後ろを覗き込んで笑顔を見せる。

 その顔がどこか大人びていた。


 話をしている間にビークルは海底道路を抜けて、街の中へと戻っていた。

「ここで良いよ」

 街に入ってすぐに、ローリスは言った。

「え? でも……」

 エリアは戸惑いながらも操縦席の前にあるラピスラズリの表面を指でなぞる。

 ビークルは減速した。


「良いから頼む。これ以上、俺に関わったらお前まで巻き込まれるだろ」

 エリアは後部座席のローリスを見るが、決意は固いようだ。隣のアマルティアを見ると、彼女も頷いた。


 エリアは重くため息を吐いた。

 結局、エリアはローリスとアマルティアを大通りで降ろした。

 エリアはビークルを降りた二人に手を振った。

 二人は窓越しに軽く手を振って返すと、すぐに暗い裏通りに消えていった。


 姿が見えなくなると、エリアは深く座席にもたれかかる。

 二人がこの海底都市で追われる身になったとすると、会えるのはこれで最後かもしれない。

「最後の挨拶があれかぁ……」

 エリアは苦笑するとビークルを再発進させた。

 



 アクアリウムの端、ローリスの家がぽつんと佇んでいる。街の端で、商店の一つも近くにないので元々人通りは少なく静かである。

 しかし、静かすぎる。

 敵が待ち伏せしているかもしれないとセレーネは言っていたが、全く人の気配がない。


 家の鉄製のドアが軋みながら開く。

「ニコラ……?」

 ローリスはいつも使っている槍を手にしている。

 暗い。

 いつもみんなで食事をしている円卓の向こうに、ニコラの足が見えた。


「ニコラ!」

 ローリスは駆け寄って行った。

 家に入ったアマルティアは中に妙な気配を感じて、入り口で足を止めていた。

「ローリス……」

 アマルティアがそれを伝えようとローリスの方に視線を向けると、彼が呆然と立ち尽くしていた。


「嘘だ……」

 ローリスは床に力無く膝をついた。


 ニコラは床に広がる血溜まりの中に倒れていた。瞳孔が力無く開いて暗闇を見つめている。頬には涙が乾いた跡が残っていた。


「ローリス!」

 アマルティアが叫んだ。

 周囲の闇が揺らいだのが見えた。部屋を囲むようにじっと息を潜めていた教団兵が動いたらしい。


 四人は手にした短刀で同時にローリスに切り掛かったが、突如教団兵の周りの空間に水が現れ身体を包み込んでいく。重い水の牢獄に捉えられた教団兵は声も上げる暇もなかった。

 アマルティアが手を掲げる。大きな腕輪が薄く光り、それに呼応するように水球が光りを発する。すると教団兵は脱力したように動きが止まり、水球の中で浮遊を始めた。意識を消失したようだ。


「ローリス、逃げ……」

 アマルティアが言い終わる前にローリスは素早く立ち上がり、捉えられた教団兵の体に向かって槍を突き刺そうとした。


「ローリス止めて!」

 アマルティアが叫ぶ。

 ローリスの武器を持ち上げた手がアマルティアの作った小さな水球によって拘束された。

 ローリスの顔は憎しみに歪んでいる。唸り声を上げながら無理やり拘束を引きちぎろうともがいている。



「……殺してやる! 同じ痛みを味合わせてやる!」

「……お願い、ローリス! もう、止めて! これ以上……壊さないで……」

 アマルティアの必死に訴える声が、徐々に嗚咽へと変わっていった。

 はっとしてローリスはアマルティアの方を見ると彼女の頬に涙が伝っていた。

 

 数日前まで、ローリスとニコラと楽しくそこの食卓を囲んでいた。

 アマルティアの美しい思い出の光景は今、目の前で醜く歪んでいる。


「くそっ……くそぉ……」

 ローリスは身体を震わしながら、手から槍を落とした。

 槍が地面に落ちたと同時にアマルティアの水の拘束は全て力無く崩れて消える。


 ローリスはその場に座り込み、失意に涙を流している。

 水球に閉じ込めた教団兵たちは気を失ったまま床に倒れていた。


「これは、一体……!?」

 家の入り口から声が聞こえた。

 アマルティアが驚いてそちらを見る。

 外の微かな光を背に、大きな影が家の開きっぱなしの玄関からこちらを見ていた。


 ゼノンが戦慄した表情で家の中に目を向けている。

 もう一度、家の様子を見に来たところをこの光景に出会した。

 数時間前に来た時は確かに何の異常もなかった。

 ゼノンは信じられない思いで目の前を見つめている。


 中に入ると真っ暗な部屋の床には倒れたニコラの亡骸。

 ローリスはニコラの亡骸の傍で座り込み、その周囲には意識を失った教団兵たちが転がっている。

 アマルティアは少し離れた場所に立ち尽くし、こちらを見つめていた。



「俺を……捕まえますか?」

 ローリスが俯いたまま言った。床に這わせた手が、槍に向かって伸びようとしている。


 呆然としていたゼノンは我に返り、力無く首を横に振った。

「いや……そのつもりはない」

 彼は拳を握りしめて悲痛な表情をする。

「俺は……お前とお前の妹にだけは、教団に関わらせたくなかった」


「……それ、どういう意味ですか?」

 ローリスは、はっと目を大きく開いて、床からゼノンを見上げた。

「いや、今は話している場合じゃない。お前たちは一刻も早くここを離れろ。こうしている間にも教団兵の増援が来るかもしれない」


 ゼノンの言葉に、アマルティアはローリスに駆け寄ってしゃがみ込み手を取った。

「行こう、ローリス」

 アマルティアは一瞬、ローリスの隣にあるニコラの亡骸に視線を落とした。その瞳には深い哀しみの色が浮かんでいる。


 ローリスは、アマルティアと共にゆっくりと立ち上がった。

「……ニコラちゃんのことは俺がちゃんと手配をする。今は、とにかく逃げろ」

 ゼノンはドアから外へ退いて道を開ける。


「無事でな。会える時が来たら、また話そう」

 二人がゼノンの傍を通り過ぎる時、彼は言った。

小説情報を確認したところ評価が増えていました。

お礼が遅くなってしまったかもしれません。

評価頂いた方、ありがとうございました。

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