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Story From The Lethe  作者: 鳴セ カイ響
第3章
58/79

57.かけがえのない存在

 家を飛び出すと、前にエリアが佇んでいた。

「エリア……?」

 ローリスは不思議そうにエリアを見つめた。

 中にも入らず、ただローリスの家の前で佇んでいる。彼女らしくない登場の仕方だった。

「探しに、行くんでしょ?」

 エリアは目を伏せて、静かに言った。すでにアマルティアのことは知っているらしい。

「指名手配されてるなら、公共交通機関に乗せるわけにはいかないでしょ? 私のビークルで行きましょ。ほら、こっち」


 遅ればせながら微笑んで見せると、エリアはローリスの手を取る。

「あ、おい……お前を巻き込むわけには……」

 引っ張られながらローリスは言ったが、エリアは取り合わない。




 道中、エリアは思い出していた。

 父母を亡くしたローリスが家に来たその日から、家族のように一緒に暮らした。

 ローリスが近くに居て当たり前だった。


 しかし、三年前、ローリスが働けるようになると、家を出て妹のニコラと別の家に住んだ。

 それでも彼の家に行けば、嫌そうな顔をしながらでもなんだかんだ迎えてくれたし、兄と喧嘩をして逃げ込んでもいつも自分を守ってくれた。


 だから、この腐れ縁は切れることはないのだと勝手に錯覚していた。

 しかし、この頃、急にローリスの存在が自分から遠のいた気がしていた。


 アマルティアが来てからというものの、ローリスはなにかと彼女と一緒の時間が多くなり、自分の入り込む隙間が無くなって行った。

 当たり前と思っていた彼との時間は当たり前ではなかった。


(どうしてもっと早く気づけなかったんだろう)




 ビークルで移動している最中、なんでもない世間話をした。

 エリアの話題はゼノンとの喧嘩の話だったり、友達との話だったりといつもと同じだった。


 一方、ローリスは静かに聞いて、時々相槌を打ったり冗談を言ったりする。

 今日も同じだったが、一つ変わったことは、ローリスの話題にアマルティアのことがよく出てくるようになったことだ。


「指名手配の画像がまた可笑しくてさ。あれ、アマルティアと会った日に撮影したやつなんだけど……」


 ローリスはそんな話をしていた気がするが、頭の中に入ってこなかった。

 こんなふうに話せる時間があとどれくらいあるんだろうと考えると妙に寂しい気がした。


 中央アクアリウムに到着して、二人はビークルから降りる。

「私はここで待ってるから」

「悪いな、エリア。恩に着る」

 ローリスは二、三歩駆けたかと思うと、思い出したように足を止めて振り返った。


「エリア!」

「何?」

 呼ばれてエリアはローリスを見た。

「……色々、ありがとな」


 それだけ言うと、ローリスは行ってしまった。

 彼としてはなんの気なしに言った言葉だったのだが、なぜか別れの言葉に聞こえてしまって、エリアは心に押し留めていた感情がその言葉を皮切りに溢れ出た。


 嗚咽と共に涙が頬を流れていく。

 アマルティアの関係者として自分もマークされている可能性があると思っていたので、ローリスは出来るだけ人目につかないようにし、教団の本部である大聖堂を訪れる。


 下手をすると仕事で治安軍に行った途端に拘束されて事情聴取されるかもしれない。そうでなくても、今日、本来出勤であるにも関わらず無断欠勤してアマルティアを探しに来ている。


 当然ながら大聖堂の周囲は警備が強化されていた。

 装備も壮麗な中央本部の治安軍兵士たちが建物の周囲に目を光らせながら巡回している。

 普段なら信徒もよく訪れるはずが、今日に限っては姿も見えない。


 本来なら事情を聞きたいところだが、聞きやすい人間が居ないうえにこの警備では話を聞く前に捕らえられてもおかしくない。

 結局、手がかりも掴めずにローリスは大聖堂を離れた。


 中央アクアリウムの広い街中で、活気に満ちた商業地区の人だかりの中からアマルティアを探し出すのは不可能に近かった。それでも、夜になるまで探し続けた。


「どこに居るんだよ……」


 ローリスは、議事堂の前にある海底都市で唯一の木がある広場のベンチに腰をおろしていた。

 街中を歩き回り、さらに道行く人にそれとなく聞いてみたりもしたが、アマルティアがどこへ行ったか皆目検討もつかなかった。


 そもそも、この中央アクアリウムを離れてしまっている可能性すらある。

 ーー本当にもう二度と会えないのか?


 ローリスの頭の中をそんな思いが去来する。

 思ったよりも自分の中でアマルティアの存在が大きくなっていたことに今さら気がついた。

 ローリスは座りながらに呆然と天を仰ぐ。


 都市の中心からはるか高くへと伸びる塔が目に入った。

 あの頂上を見たものは海底都市でも指を折って数える程しか居ないはずだ。


(ん?)


 ローリスはふと思い出した。

 大ラピスラズリの意識体、セレーネは海底都市中のラピスラズリを通して常に都市を見ていた。


 それ故にアマルティアがこの都市に来た時も知っていた。

 彼女の目や耳はこの海底都市中にある。


ーー言ったでしょ? いつでもあなたたちを見てるって。


 彼女は確かにそう言ってた。

 と言うことは今、この瞬間も……。



「セレーネ、聞いてるか?」

 ローリスは彼女の名前を呼ぶ。

 応答はない。

 もう一度。

「セレー……」

「呼んだ?」

 頭の中にセレーネの声が響く。


「ああ。頼みたいことが……」

「彼女の居場所でしょ? わかるわ。ずっと、見てたから」

 セレーネはローリスが必死にアマルティアを探しているところを傍観していたらしい。

「人が悪いぞ! なんで声を掛けてくれないんだ……」

 と言い掛けてローリスは「ん?」と言う顔をする。


「『石』が悪いぞ……?」

「もう! そんなの今はどっちでも良いじゃない!」

 いつも淡々としているセレーネの声が珍しく感情的で、ローリスは思わず笑ってしまった。

「……で、なんで声を掛けてくれなかったんだよ?」

 ローリスは話題を戻す。


「……他でもない、彼女から頼まれたからよ」

「なら、なんで今、俺の問いかけに答えてくれたんだ?」

 ローリスは不思議そうに聞いた。


「……今の彼女には、あなたが必要だと思ったから」

「やっぱり、危険な目に遭っているのか?」


「いいえ、それは違う。精強な兵士たちが束になってかかったとしても、彼女には勝てないわ。私には彼女の発する魔力が感じられるからわかるけど、一般人とは比べ物にならないの。元々水神だったと言うだけあるわね」


「……なら、なんでだよ。俺、要らなくないか?」

 ローリスは少し拗ねた。

「うふふ、戦闘力で見るならそうね」

 でも、とセレーネは続ける。


「……そんなことは些細な問題よ。単純な話、彼女は寂しがり屋なの。本心ではあなたに会いたいと思っているはずよ」


「なんで分かるんだよ?」

「……私も、そうだったから」

 セレーネは答えた。


「どういう意味だ、それ?」

「二百年以上も、ひたすら創造主が私を作った時の意志に従ってこの役割を続けた。でも、誰でも良いから……話がしたかった。世界の中に私の存在を知る人が、誰か一人でも良いから居て欲しいって……」


 いつになく感情豊かに話すセレーネは、まるで本物の少女のようだ。


「だから、私と同じで異質の存在の彼女を見つけた時、自分の役目も忘れて、彼女と連絡を取ろうとしていたの……」

「じゃあ、部屋に閉じ込めるって言ってたのは?」

 ローリスは聞いた。


 最初にセレーネと中央塔の頂上で会った時に彼女は「海底都市に害をなす存在であれば二人を塔から出さないつもりだった」と言っていた。


「ああ、あれは……嘘よ。確かに目的は知りたいと思ってたけれど、彼女に害がないことは知ってた。言ったでしょ? 都市に来てからずっと見てたって……」

「なるほどな」

 ローリスは笑った。


「彼女にとってあなたは……」

「うん?」

 セレーネが沈黙したのでローリスは首を傾げた。

「……いいえ、とにかく、行ってあげて。場所は私が案内するから」

「ああ。頼むよ」

 ローリスはベンチを立った。

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