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Story From The Lethe  作者: 鳴セ カイ響
第3章
55/79

54.腐敗

 カークス司祭は晩餐会から大聖堂へと戻ると体調の悪そうなローデリアを自室に帰し、彼女の代わりに自分は教皇へと報告に上がった。


 廊下を教皇の居る書斎へと向かう最中、教会関係者に連れられて廊下を歩く若い女性信徒とすれ違った。度々、教皇は「有望」な「女性信徒」に指導をするという名目で教皇の寝室へと連れられて行っていることをカークスは知っている。

 

「……あぁ、カークス司祭」

 ノックを聞き、カークス司祭とわかると老齢の教皇は入室を許可した。

「どうされたのかね?」

 入室するなり微笑を浮かべた教皇が言う。誰に対してもその微笑を絶やさないこの男は、表情筋がその形を覚えているのであろう。


 ローデリアの護衛を役目とするカークス司祭が直々に訪ねてくることは滅多にない。

「ローデリア様が体調不良で晩餐会でお倒れになられまして、代わりに私が報告に上がりました」


 カークスは会釈をする。

 それを聞いた教皇はふと真顔になり

「それは、大丈夫ですかな?」

 とカークスに聞いた。

「ええ、恐らくは多忙による疲れかと。今は何ともないようですが、念のため自室でお休みになられています」


「なるほど、それで彼女の叔父君の様子は如何でしたかな?」

 微笑を忘れ、教皇の視線がやや凄みを帯びている。

「晩餐会では全ての来場者と歓談を交えており、各政界関係者との連携は概ね良好のようです。勿論、ローデリア様との関係も問題ありません」


「ご苦労様です。報告はもう結構」

 カークス司祭の報告は端的だったが、教皇はそれで満足した様子だった。

 この男の知りたいことをカークスは理解していた。


 ローデリアの身の安否というよりは、今の教団の立ち位置が気になっているらしい。

 教皇という存在など、ひと昔前は凡人にも等しい存在だった。


 しかし、ローデリアが現れ、あっという間に教団が大きくなってからは、無条件に多くの人々から敬意を向けられる存在へと変わった。

 無論ローデリアを気遣うのだが、それはあくまでも教団のためであり、彼女は道具にすぎない。


「……失礼します」

「カークス司祭、待ってください」

 頭を下げ、部屋を退出しようとしたカークスを教皇が呼び止める。


「ひとつ、頼みがあります。これはあなたも現地に赴いて頂きたい」

「……何でしょうか?」

「ポリテイアの残党で指導者の一人の男の行方が未だ知れないのです。政界にも浅からぬつながりを持つ者が居ては厄介です」

「その者の捜索を……?」


 教皇は首を横に振る。

「いいえ、その者の居場所はわかりませんが、身内の二人の居場所がわかっています。用心していたようですが、ようやく尻尾を出しました。彼女たちが捕まったとあれば、彼奴も姿を現すでしょう」


「では……?」

「ええ、生かして捕らえてください。そして、誰にも知られてはならない。彼女たちはポリテイアの活動にも参加していないただの一般人です」




それから一時間しないうちに、カークスは教団兵を率いて歓楽街の路地の暗闇に身を潜めていた。


(……現れたな)

 カークスはふたつの人影を確認した。

 フードで顔を覆った女性が二人、親子のようで娘の方はまだ若い。せいぜい二十を過ぎて間もないくらいであろう。


「間違いない。やれ」

 カークスは指示を飛ばす。




 路地裏を歩く二人の影の前に、ぬっと嘴のある仮面の兵士が現れる。

「ひっ……」

 女二人が息を呑んだ瞬間に背後から別の二人の兵士がそれぞれ飛びかかり、口を押さえたまま首を腕で締め上げて圧迫すると、あっという間に二人は気を失った。


 カークスは闇の中から姿を現す。

 そして、教団兵の腕の中で気を失っている二人の顔を確かめた。

 目的の人物に間違いはない。 


(こんな非力な者を二人攫うくらいで俺に指揮させるとは、あの小心者め……)

 カークスは内心舌打ちをしながら、兵士に人質が人の目に見つからない場所へ運搬できるように指示すると、すぐに大聖堂へと戻るため踵を返した。



 カークスが大聖堂を離れている間、ローデリアは身体を洗い流して就寝の準備を整えていた。

 暗い自室へと戻った。湯浴みの後で少し湿った髪が艶々と光を帯びて色めかしい。

 着用している寝巻きの白いワンピースの上に一枚、薄い上着を羽織る。


 カークスの言った通り少し疲れている。ベッドに戻り少し休んだら眠るつもりだった。

 しかし、ベッドの前に来た時、背後の部屋の暗がりに何者かの気配を感じた。

 ハッとして振り返った。


「……誰?」

 闇に向かって言う。

「夜遅くにごめんなさい」

 闇の中から少女らしき声が返ってくる。

「私はアマルティア。あなたと、話がしたくて」

 

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