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Story From The Lethe  作者: 鳴セ カイ響
第3章
53/79

52.翳り

 大きく煌びやかな広いホール。

 天井にある神々しい女性の絵を中心に、部屋全体へと絵が描かれている。

 その絵の中に点々と照明が光っている部分がある。


 まるで星が輝いた夜空に女性が浮かんでいるようである。

 この中央の女性は水神を、点々と灯る照明の部分は人々が住んでいるアクアリウムを表しているらしい。


 ホールに並んだ長テーブルには白いクロスが敷かれ、その上には華美な食器、豪華な料理が並んでいる。

 ホールに居る人々はグラスを片手に微笑を浮かべ、会話を交わしている。

 今日はこのホールが完成した記念に晩餐会が催されている。


「おお! 我が愛しのローデリアよ!」

 そのホールの中を一層身なりの良い男が、少々大袈裟に両手を広げて歩み寄ってくる。

「叔父様、お久しぶりです」

 ローデリアは笑顔でその叔父と抱擁を交わした。


 この叔父はこのローデリアのおかげでこの都市の議員となり、今や議会の中でも優位な立場を手に入れている。そして、今日の晩餐会の主催者でもある。

「会いたかったぞ! 先日の話は聞いた。大事無いようで何よりだ」

 準テロ組織、ポリテイアが立て篭もる教会広場に、ローデリアが颯爽と現れたことは大々的に報じられていた。


 水神教団は、彼女の活躍でまた海底都市でその存在感を大きく示すこととなった。

 また、それに伴ってローデリアの叔父である彼の立場もさらに強固になるであろう。


「うふふ、でも、魔導式ライフルでたくさん撃たれたのよ」

 ローデリアは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「何ぃ!? だが、怪我の一つもしていないではないか」

 男はローデリアを上から下まで見る。


 今日は晩餐会へ参加するということで、肌の露出の多い華やかなドレス姿を着ているが、絹のような滑らかな肌のうえには、かすり傷一つ見当たらない。

「攻撃は全て魔術で防ぎましたから。後ろに居た治安軍の方たちも守ったのよ」

「ははは! 流石」

 男は血色のよい顔で豪快に笑った。酒を口にして少々酔っているらしい。


「しかし、許せん! このような可憐な婦女子に武器を向けるなど、万死に値するわ!」

 今度は顔から湯気が出るような勢いで言う。

 ローデリアは叔父の表情がころころと変わるのが可笑しいらしく、声を立てずに笑っている。

「……ご心配なく。彼らは皆、粛清されましたから」

 ひとしきり笑い終えた後、ローデリアは言った。


「おお、そうか! それも、お前がやったのか……?」

「いえ、それはカークス司祭が……」

 ローデリアは背後に立つすらりとした長身の男に目を向ける。

 彼は普段通り黒の祭服のままだ。


「ほう、貴殿が……」

 男が見ると、真紅の眼光がこちらに向いていることに気がついた。

「ええ、ローデリア様を脅かす存在を排することこそ、我が役目」

 カークスの瞳孔は刺すように男を見ている。

 男は背筋に妙な悪寒を感じ、思わず視線を逸らしてしまった。気がつくと額に冷や汗が一筋流れていた。


「カークス司祭!」

 ローデリアが叱りつける声で我に返った。もう一度カークスを見ると彼は目を伏せ、軽く会釈した。


「これは、失礼致しました」

 静かに言うと、その場を離れた。

「いやはや……大したものだ」

 ローデリアの叔父は平静を取り戻してカークス司祭の背中を見送ると、目の前の麗しき姿の姪に目を向けた。


「ローデリアよ……。昔のお前を思うと今が夢のようだ」

 男は目を細める。

「なんと美しいことか……」

 その目には涙が浮かんでいる。


「……さあさ、遠慮なく食べてくれ。お前が来ると言うから、ありとあらゆる食材を取り寄せて料理人に作らせたのだ」

 少し湿っぽくなっていたので、空気を変えるように明るく言うと両手を広げて見せる。

 男の背後、ホールの中には鳥の姿焼きや魚の刺身のような普通の家庭では決して並ばないような珍しい料理など、枚挙にいとまがないほどに豪華な料理が並んでいる。


「ありがとうございます、叔父様」

 ローデリアが微笑むと、男はローデリアの肩を軽く叩いて他の参加者の元へと向かって行った。


 ローデリアは小さく息をついた。あの叔父だけではなく、殆どの参加者がローデリアに挨拶をしにやって来たので、ひっきりなしに会話を続けていた。ようやく一人になれた。

 ローデリアはおもむろにテーブルの上にある細いワイングラスを取ると口をつけて傾けた。



 ワイングラスが床に弾ける音で我に返る。

 気がつくと傾いた身体を誰かに支えられていた。

「ローデリア様?」

 カークス司祭の声だった。介抱してくれていたらしい。


「ローデリア!」

 その次に叔父の声が聞こえた。心配そうに顔を覗き込んでいる。他の参加者たちも心配そうに周囲を取り囲んでいる。


「大丈夫か!?」

 ローデリアは漸く状況が飲み込めてくると、顔を傾けて床に敷かれたカーペットの上に視線を落とした。砕け散ったグラスの欠片と、重厚なカーペットの上にワインが血のようなシミを作っている。


「カークス司祭……ありがとう。もう、大丈夫よ」

 ローデリアはカークスの支えから離れ、自分の力で立つ。

「ごめんなさい、叔父様……。私、完成したばかりのホールの床にシミを……」

 ローデリアは片手で頭を抑えながら言った。


「何を言う! お前の方が心配だとも」

 叔父はローデリアの肩に手を置いた。

「ローデリア様、今日はもう戻られた方が……」

「それが良いでしょうな」


 カークス司祭と叔父の会話を傍に聞きながら、彼女は額に手を当てがって一度深く呼吸をするが、今はもうなんともない。


「さぁ」

 とカークスに促されるまま退出する。

 足取りはすでにしっかりとしている。


「きっと、お疲れだったのでしょう」

 退出する間カークスは、普段の彼らしくもない優しい言葉をかけてくれた。

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