51.虚構
司祭たちが解散し、まばらに部屋を去っていく。
ローデリアも退出するために席を立つ。
「ローデリア様」 その背中から、教皇が呼び止めた。
「此度のこと、誠にお疲れ様でございました」
年配の教皇は優しい顔で微笑む。
「いえ、私はほとんど何も……。カークス司祭のお陰です。ね?」
ローデリアが笑顔で目配せする。隣の席に座っていたカークス司祭がそこに立っていた。
「教団の敵を排するのは、私の仕事です」
カークスは事もなげに言うと、ちらりとローデリアを横目で見た。
「……あなたの仕事ではない」
あの日、ローデリアは彼の制止を無視し、広場へと足を運んだ。
それに対する皮肉のつもりらしい。
教皇は慌てて
「あぁ、ともあれ、お二人の活躍で彼奴等の主要メンバーを排することができました。当面は『ポリテイア』の連中も何も出来ますまい。それで良しと致しましょう」
と取り繕った。
「ええ、全ては信徒の皆様の信仰のため。私はどのような苦労も厭いません」
ローデリアは端正な顔に微笑を浮かべる。
「なんと殊勝な……。貴方様ほど、教団に貢献している人が他に居りましょうか。大変心強いお言葉です。それではこれにて」
教皇は会釈をすると静かに去っていった。
「カークス司祭、過保護が過ぎるわよ」
教皇が部屋を出るのを見送ると、ローデリアは腰に手を当てて、むすっとした顔をカークスに向けた。
「俺は役割を果たしているまで。あなたに万にひとつのこともあってはならない」
カークスは、すまし顔をぴくりとも変えずに言った。
彼とも長い付き合いだが、いつもこのように表情に乏しい。もう少し感情的なところを見せてくれれば多少可愛くも思えるのだろうが、彼の表情は無機質と言えるほどである。
「もう……自分の身くらい自分で守れます」
ローデリアが言い返すが、彼は言うべきことは伝えたとばかりに黙殺した。
ローデリアは呆れてため息を吐く。
このやり取りも毎回のことだ。
ローデリアが教団に現れた翌年に忽然と現れ、教団に加入したカークスはその高い実力を買われ、「十人目の司祭」に抜擢された。教皇が取りまとめる司祭は中央と、それを取り囲むように存在する八つのアクアリウム、計九つそれぞれに、一人がついて指導を行なっている。
が、カークス司祭はアクアリウムを受け持ってはいない。彼の担当は、ローデリアの警護と教団の私兵「教団兵」を指揮することである。
また、教皇と九人の司祭たちの役割が教団内の管理であるのに対して、「神官」と称されるローデリアは教団の外側との接触の一切を受け持っている。
存在そのものが教団の奇跡を表すローデリア以上にその任に最適な者は居ない。
そもそも、今日の水神教団があるのも彼女が現れたお陰である。教団における彼女の存在は、運営にこそ直接携わっていないにしろ、発言力の面では教皇と同等に近い扱いを受けている。
が、カークスは物怖じすることなく、時には護衛のために彼女を諌めることすらある。ローデリアとしては彼のそういうところがやりやすくもあるのだが、一方で口うるさいと感じる事もあるようだ。
「……それより、今日は中央議会の晩餐会に招かれているの。あなたも同行して」
「承知しました」
歩き出したローデリアの後をカークスが続く。
「それって本当に水神の起こした奇跡なのか?」
セレーネからローデリアの身に起こった奇跡について聞いたローリスは、アマルティアを見た。
途方もない話だが、信じられないことに本人が目の前に居るのですぐに事実確認ができる。
アマルティアは思い詰めた顔で首を振った。
セレーネの声が聞こえてくる。
「恐らくは、それが『創世の種子』によるもの。そういう話よね?」
「うん」
アマルティアはセレーネの言葉に頷いた。
「強い生存本能と常人を超えた力……。確かに以前に聞いた特徴に一致しているように見えるわ。病気だった体が急に動くようになったのも、種子のおかげといったところかしら」
ところで、とセレーネが言葉を継ぐ。
「一応聞いておきたいんだけど、種子を宿した人が死亡した場合はどうなるの?」
「おいおい……」
黙って聞いていたローリスはぎょっとした顔でセレーネを見る。
「違うわよ。ただ、可能性の話をしてるだけ」
セレーネは冷静に返す。
「それで、どうなの?」
これはアマルティアに対する言葉だ。
「種子はその成長状態のまま、他の人に引き継がれる」
アマルティアは答える。
「前にも話したけど、私が手を加えなかったから種子には欠落している部分がある。私の力ならその種子の欠落を見つけて取り除くことができる……と思うの」
「なら、やることは決まったな。ローデリア様に話して、その種子とやらを取り除かせてもらう。それで良いんだろ?」
ローリスはアマルティアに聞いた。
しかし、アマルティアは目を伏せて重く押し黙ったまま口を開かない。
「……彼女から種子を取り除くと、どうなるの?」
セレーネは聞いた。彼女はアマルティアの沈黙の意図を察しているようだ。
「膨大な魔力を持つ種子を失えば」
アマルティアは視線を上げる。
「元の生命力に戻る……と思う」




