49.セレーネ
次の日、ローリスはいつもより早い時間に起きた。
寝起きまなこを何度か瞬かせるとあくびをする。
連日の疲労でよく眠れるかと思ったが、昨日の戦いの緊張が抜けないせいか、眠りも浅いままに朝を迎えてしまった。
このままベッドに居ても眠れなさそうなので、階下に降りることにした。
「おはよう……」
ローリスがだるそうに目を細めて言う。
「おはよう、お兄ちゃん!」
キッチンで皿洗いをしていたニコラから元気な声が返って来る。
「おはよう、ローリス」
円卓につくとアマルティアのはにかんだ笑顔がこちらに向けられていた。
その後ろのキッチンからニコラの鼻歌が聞こえて来る。
「……どうかしたのか?」
ローリスはご機嫌なニコラの背中を見ながら言う。
アマルティアは答えずにただ、にこにこと笑っている。
前に、ニコラが作りたいと言っていたプランクトスが完成間近に迫っているらしい。
今朝、ニコラが嬉しそうに話してくれた。
「でも、お兄ちゃんにはまだ内緒にしてね」
とニコラに釘を刺されている。
「ローリス、大丈夫?」
答える代わりにアマルティアは言った。昨日の戦場のような現場で疲れてないかと気遣ってくれているようだ。
「あぁ、まぁな」
ローリスは当たり障りのない答えを返す。
連日戦場のような現場に身をおいていた兵士たちを気遣い、ゼノンはほとんどのものに一日休暇を与えた。
身体の方は休めば元に戻るだろう。だが、アイリスをはじめ大切な仲間を昨日一日で失ったことは、気持ちの整理をつけるのに少し時間がかかりそうだった。
伏せた目を上げると、アマルティアが心配そうにこちらを見ていた。
思わず内心が表情に出てしまっていたらしい。
「大丈夫だよ」
ローリスは無理に明るく笑ってみせる。
一方でご機嫌なニコラは皿を洗い終えたようで
「じゃあ、私行って来るね」
と軽やかに家を出ていった。
ローリスとアマルティアはそれを見送った。
「……ところで、今日は家に居るのか?」
ニコラが出ていってドアが閉まると、アマルティアに訊いた。
いつもなら、彼女も街に出ていっている頃だ。
「うん、一番はローリスが心配だったから」
「あぁ、その、ありがとな」
こうも率直に言われると、気恥ずかしかった。
「に、ニコラちゃんにも、今日一日、ローリスと一緒に居るように頼まれちゃったし……」
アマルティアの方も急に恥ずかしくなったらしく、頬を染めて視線を斜めに逸らした。
最初に出会った頃に比べると彼女もだいぶ感情表現が豊かになった。
「それで他の理由は?」
一番は、と口にしたことから、それ以外にも理由があると思ったローリスは言う。
「うん、今日は、ローリスとセレーネに話したいことがあって……」
「ん? 俺と、誰だって?」
ローリスは首を傾げた。
もちろん聞き覚えはあるが、知り合いにその名前は居ない。セレーネは人名ではなく、この海底都市の名前である。
アマルティアはハッとした顔をする。
「そっか、ローリスには言ってなかった。この間、塔で会ったあの子。名前があった方が呼びやすいかなと思って」
「セレーネ」という、この海底都市の名前を大ラピスラズリの意識に付けたらしい。
大ラピスラズリはこの都市の根幹的機能を果たしている。そういう意味でも、都市そのものの名前であるこの名前が適当だろう。
「なるほど」
ローリスが関心していると「うふふっ」と無邪気に笑う声が頭の中に響いた。
ローリスは驚いて身体を震わせる。
「良い名前でしょ? 気に入ってるわ」
「聞いてたのか……」
「もちろんよ。言ったでしょ? いつでもあなたちを見てるって」
思い返してみると、別れ際にそんなことを言っていた気がする。
「ねぇ、セレーネ。教えて欲しいことがあるの」
アマルティアが言った。
「神官ローデリア、彼女についてね?」
セレーネはアマルティアの考えを察して先に言った。
「ローデリア様……? がどうかしたのか?」
ローリスはアマルティアを見る。
アマルティアは神妙な顔で頷く。
「彼女が『種子』を宿しているかもしれない」
「確かに、彼女の力は普通の人間の力を逸しているわ。それがあなたの話していた『種子』の力かもしれないということね」
「うん。だから、詳しく教えて欲しいの」
「いいわ、教えてあげる」
セレーネは答えた。




