46.包囲戦
「大丈夫か?」
移動中、船内で正面に座ったゼノンが心配そうにローリスの顔を覗き込む。
「え?」
ローリスは不思議な顔をした。言葉の意味がわからない。
「いや……」
ゼノンは一瞬視線を逸らす。
「命懸けになるかもしれないからな……」
「それなら、この間もなかなかでしたよ」
以前の死霊術事件の時のことを言っているらしい。
「妹が悪かったな」
ゼノンが苦笑する。彼はこういう時につい上官の顔を忘れてしまうのだが、そのある意味の甘さが現場の兵士たちには居心地が良いらしい。
話していると、副官のマルティンが来て告げた。
「隊長、あと数分で現地に到着します」
「よし」
ゼノンの顔つきが変わった。
⚪︎
街中に楕円形の大きな石畳の広場がある。中央には二階建ての教会が立ち、広場の端は専門店が教会を見上げるように囲んでいる。その囲みの切れ目が東西南北から合流してくる大通りである。
その四方の大通りを、大勢の治安軍が塞いでいる。
当然ビークルでは中に入れないため、近くの道路にプランクトスを駐機し、徒歩で広場へと向かう。通りは野次馬、教会に居る人質の家族などで埋め尽くされていた。ゼノンたちの部隊はそれをかき分けて現場へと向かわなければならなかった。
「あぁ、よく来た」
現場の総指揮を取る男は、ゼノンに気が付くと言った。
重厚な鎧に身を包んでいる。中央本部の兵士だろう。
「状況は?」
ゼノンが聞いた。
「ちょうど周囲を取り囲んだところだ」
だが、と指揮官の男は往来を見る。
「このまま万が一戦闘になれば、市民に被害が出かねない。そこで広場を囲うように共鳴障壁を展開したいが、共鳴障壁を作るために魔術を扱う人員が足りない」
「我々の治癒士隊が十名居るが、それで足りるか?」
「うむ、恐らく」
「ところで、あの声はなんだ?」
ゼノンは眉を吊り上げて教会を見上げる。
教会の方から大音量の声明が流れている。
「これは水神教団の陰謀である! 真実を説明する機会を約束し、兵を引けば人質は直ちに解放する」
「……気にするな。苦し紛れの戯言さ」
指揮官の男は呆れた顔をする。
「それより、作戦の話を続けよう」
男はさらに詳しく状況を説明した。
共鳴障壁とは対物性の魔法障壁を、複数人で魔力を共鳴させて大きくしたものだ。
その共鳴障壁で広場の外側を囲み完全に人の出入りをシャットアウトするとのことだった。これにより、教会に立てこもっているポリテイアの組織員が街中へ漏れ出る危険も防ぐことができる。
「魔力障壁の制御に長けた人員が各通りに五人も居れば足りるであろう。北と西の通りには既に治癒士隊が配備されているが、広場南のここ以外に東側に五人の治癒士隊の配置が必要だ」
「承知した。では五名を東へ移動させよう」
ゼノンが後ろを振り返った。
「アイリス!」
人がひしめき合っているのを押しのけて、治癒士隊長のアイリスが出てくる。
「……はい!」
息が上がっている。通りを抜けて来るだけでも一苦労のようだ。
「広場の東へ治癒士を五人引き連れて移動してくれ。広場の周囲に共鳴障壁を張ってここを完全に封鎖する。配置に着いたら連絡してくれ」
「了解しました」
アイリスは治癒士の中から五名を集め、さらに広場を移動する間の援護と、広場の東端で往来の市民を寄せ付けないようにする役割として、十名のライフル兵と突撃兵を同行させた。
「ローリス! お前も行け」
ゼノンに命じられて、ローリスは突撃兵の群れに加わった。
「うふふ、よろしくね、ローリス」
アイリスはにこにことしている。可愛がって来た後輩に援護してもらうのが嬉しいのだろう。
「油断すんなよ」
ローリスは照れ隠しにそんなことを言った。
アイリスを含む治癒士隊五名は、護衛の兵士を伴って東の通りへと移動し始めた。せいぜい百メートルを移動する程度のことで、移動はすんなりと終わった。
「配置につきました」
アイリスはゼノンに合図をする。
「……よし、始めるぞ」
数秒の沈黙の後、ゼノンから声が返って来る。
アイリスと周囲の治癒士たちはロッドを両手で掲げる。
通りの東西南北で光の揺らぎが起きる。他の治癒士が同じように共鳴障壁を発動しようとしていた。
彼女たちに任せておけば、いずれ障壁が張られるだろう。
往来の人を遠ざけながら、ローリスは少し離れた場所から見ていた。
と、その目の前を、魔導式ライフルの放った魔力の銃弾の閃光が瞬時に通り過ぎていく。
「は……?」
ローリスは銃弾の飛んできた方向を見た。教会二階の窓から、雨のように閃光が飛んできている。立てこもっていたポリテイアの組織員たちが突如、攻撃を開始した。
「ローリス! 伏せろ!」
ライフル兵の一人がローリスを地面に引き倒してくれたおかげで、直撃を免れた。
状況を把握し、はっとして治癒士隊の方を見た。
通りで甲高い悲鳴が上がった。共鳴障壁を張る筈だった治癒士隊が全員地面に倒れている。
ローリスは、考えるよりも先に負傷者を安全な位置に運ばなくては、と駆け寄った。こちらのライフル兵は既に反撃を始めている。
うつ伏せに倒れていたアイリスを運ぼうと、身体を起こした。
「アイリス姐……」
腹は大きくえぐれて、瞳孔が力無く開いていた。
「くそぉっ!」
ローリスは地面の石畳に拳を打ち付けた。
ローリスは周囲を見て、治癒士隊の生き残りを探した。が、どうやらこの治癒士隊を狙って攻撃されたらしく、五人とも、もろに攻撃を受けてしまったらしい。
「ローリス、生きてるか!? 状況は!?」
別の場所からこちらを見ていたゼノンの声が聞こえる。
「……治癒士隊が、壊滅しました」
ローリスは通りの真ん中で力無く答える。
「そうか……、市民に被害は出ているか?」
ゼノンはさすがに努めて冷静にしている。
ローリスが周囲を見回すと往来の人に数人負傷者が出ている。
「とにかく、市民の避難を優先してくれ」
「……了解」
ローリスの目つきが変わった。
これ以上、被害は一人も出したくない。




