42.新たな世界
「『創世の種子』は、人の旺盛な生存本能に触れて成長する。種子の力が臨界点に達すると、強大な魔力を放出するの。その魔力の放出で、少なくともこの星の上に居る生命のほとんどが死に絶える。そして、また一から新しい世界が始まる」
アマルティアの静かな声が沈黙した空間に反響する。
「その『創世の種子』が全てを滅ぼす? この、海底都市も……?」
少女が呟く。その表情からして信じがたいようだ。
アマルティアはゆっくり頷いた。
「それで、あなたはそれを止めるつもりなの……?」
少女は怪訝な顔を作った。人をはるかに凌駕する情報を持った大ラピスラズリであっても、理解しにくい話らしい。ローリスは言わずもがな、終始呆然としている。
アマルティアはまた一度ゆっくりと頷く。
「……ええ、本来、この星の神々の力をすべて結集して創るはずのものよ。でも、私は加わらなかった。だから、『種子』は完璧じゃない。私の力を使えば止められるはず」
「なら、次の疑問。どうやってそれを探すつもり?」
「『創世の種子』は神々の手を離れたら、成長のために強い生存本能を持つ人に寄生する。そして、その成長過程で強力な魔力を発生させる。それを身に宿す人は、普通の人とは比べ物にならない魔力を使えるはず」
「その条件に当てはまる人物を探そうと言うわけね」
少女は頷いた。そして、初めて安堵の表情を浮かべた。
「……良かった」
少女は呟く。
アマルティアは少女を見つめた。
「え……?」
「もし、あなたが危険な存在だと思ったなら、ここから出すつもりはなかったわ。もちろん、私もタダでは済まないけど」
それを聞いてローリスは初めてぎょっとした顔をする。
「マジかよ……。危ねぇ〜」
「あら、心外ね。私は都市の人々の暮らしを守るように設計されているの。それが、私の創造主の意思だから」
少女はこちらに優しい笑顔を向ける。もう敵意はないと言うことだろう。
「最後にもう一つ聞いても良い?」
少女はアマルティアを見る。
「どうしてそこまでして人を守るの? あなたの話の通りなら、あなたにとっても人は忌避するべき存在のはずでしょう?」
アマルティアは目を瞑った。
「……水は生命を育むものだから。あ、えっと、他の神々はどうかわからないけど、私にとって人はとても身近な存在なの。それに……」
ローリスとニコラの食卓での笑顔。
ちょっとしたことでころころと表情の変わるエリア。
ゼノンが妹を叱る時の怖い顔。
顔を輝かせながらアーケロンを操作するコニーとエセル。
この海底都市で出会った人々の色とりどりの表情が浮かんだ。
「直接触れて、その気持ちがもっと強くなったかも……」
目を開くと、少女の笑顔が見えた。
「ふふ、あなたとは気が合いそうね。それなら、私も心置きなく協力させてもらうわ」
アマルティアは少女に微笑んだ後で、ローリスの方を向く。
「ローリスも……」
アマルティアの握った手が微かに震えている。
「私を信じて、くれる?」
海底都市に来るまで、神々の怒りが吹き荒れる大陸を一人で旅した。旅が終わる頃には、身体は疲れ果て、心は冷え切り、気持ちも落ち込んでいた。
しかし、海底都市で出会った青年は、彼女に温かな場所を与えてくれた。
全てを失った自分に帰る家をくれた。
何もなかった時と違って、今はその場所を失うことが怖く感じられた。
「……分からねぇ」
ローリスは視線を逸らす。
「え……?」
「はっきり言って途方もなさ過ぎてサッパリ分からねぇよ」
だけど、とローリスは言葉を継ぐ。
「俺にとってあんたは、もう家族みたいなもんだ。だから、神様がどうとかはよくわかんねぇけど、その……困ってるなら、俺は助けたい」
ローリスは顔をアマルティアの方へ戻す。
「……うん」
ローリスを見つめ返す瞳は潤んでいる。
二人の間に漂う温かな空気。
その間に繋がれた手。
「……あなたが、羨ましいわ」
少女がアマルティアを見ていた。
「あなたは人とそうして触れ合うことができる……。でも、私には、この石を通して人の存在する世界を覗き見ることしかできない」
向けられていた少女の笑顔が萎んでいく。
「人は、その身体で直接感じて、喜んだり、楽しんだり、悲しんだり、怒ったりできるの。人として生きることができるのは、特別なことよ」
「寂しかったら、また連絡して」
アマルティアがはにかんだ。
少女は淑やかな声で笑う。
「うふふ、ええ、そうさせてもらうわ」
そして、三人の間に穏やかな沈黙が訪れた。




