41.神に抗うもの
神は遥か昔、同じように人の姿をして、人々と共生していた。
人々は未知なる力を持つ自然と、その創造主たる神を崇めた。神々は人を時に慈しみ、時に厳愛をもって導いた。
しかし、時代が進み人々が知恵を持つようになると、自然の与える厳しさに疑念を抱き、魔術で制御するようになる。
やがて、魔術を意のままに操れるようになって来ると、人々は次第に神の存在を忘れるようになっていった。
人々に忘れ去られ、神々はそれぞれの神の力を結集し、別の次元に神々だけの世界を創造した。
神々はしばしの安寧を得た。そして、次元の壁を隔て、未来永劫、人との縁は絶たれた筈であった。
しかし、人類が星の上でただならぬ魔術を使い始めた。
恐るべき破壊力を持つ魔導兵器は、大地を抉るほどの破壊力を見せ、その影響が神々の世界にまで及んだ。
別の次元へと移り住んだと言えど、星と運命を共にする神々は星なくして生きることはない。
こうして人々は神々にとって看過できない存在になった。
神々はとうとう、人を星の地上より排除する決意を固めた。
それぞれの神が人の次元を超えた力をもって、人々の住む世界を粛清し始めた。火神は盛って世界中の木々を次々と燃やし、風神はサイクロンで地表を削り尽くし、地神は地を揺らして大地を割り、雷神は厚い雲で空を覆い、雷光を地上へと幾度も叩きつけた。
そんな中、静観を続ける神が居た。
水神は制裁を加えるどころか、荒れた大地に今一度、恵みの雨を降らして乾いた地面を潤し、森を焼く炎を消し続けた。
神々は口々に水神に止めるように警告し続けた。
しかし、自らの意思で育んだ生命を、自らの手で摘むことをこの水神は了承しなかった。そして、地表を離れ、海の底へと逃げ込もうした人々を水神は黙って迎え入れた。
とうとう他の神々の反感を買った水神は、神の世界より追放された。
ある日、浜辺に打ち寄せる波が引いた時、水が形を成して、そこに一人の少女が現れた。少女の体はみるみるうちに衣服や装飾品に覆われて行く。
えんじ色の髪から水が滴っている。
少女は澄んだ青色の双眸を目の前の大地に向けた。
瘴気に覆われた暗い空。
枯れ果てた大地。
溢れる歪な生物、魔獣たち。
その中を人家を探して数年間、彷徨った。
「神堕ち」は人の体を得ることで制限はされるものの、未だ絶大な力を残している。普通の人間ならば数日と生存できない環境でも、彼女の場合は旅をすることができた。
しかし、その彼女であっても、長きに渡る旅によって疲れ、枯れた景色ばかりを目にした心は凍てつくように冷えていった。
とうとう地上に人を見つけられなかった少女は最後に、深海に受け入れた人々の元へと向かうため、海を目指した。
元々、水の生まれ変わりである彼女にとって、水の中での移動は容易なもので、夜空に星が流れるように水の中を移動した。
やがて、海の真ん中で水中から伸びる塔を見つけると、そこから海底を目指した。
塔を辿って潜っていくと、海底に暖かな光が広がるのが見えた。
少女は目を大きく開き、その光景を瞳に収めた。
自らの手で育んだ人々が、海に戻り、こうして懸命に生き延びている。
そして、それがこのように美しい光景を生み出している。言葉に尽くせないほどの嬉しさが、胸に込み上げていた。
少女は街に入ろうとするが、薄い透き通った壁が邪魔で入れない。
誰か……。
と中を覗いた時、一人の青年と目が合った。
「それが、あなた」
アマルティアがこちらを見つめている。
ローリスは呆然としている。色々と情報量が多すぎて、頭が追いつかない。
「一つ疑問があるわ」
二人の向こうから、少女が言った。
「どうして、そこまでして地上で人を探したの? あなたの話が事実なら、あなたが人々を海底に受け入れたのだから、初めから海底都市を目指せば良いだけのはずよ」
「私が探しているのは人じゃなくて『種子』だから」
アマルティアは答える。彼女は全てを語るつもりのようだ。
「……種子?」
少女が繰り返す。
「何のこと?」
「私以外の神は、人をこの星から排除したい。それはまだ変わってないの。でも、人々が私の庇護下……海の底に隠れた以上は、普通の方法では人に手を出せない。だから、人に『種子』を植え付ける」
アマルティアは目を伏せる。
必要な時を除いて神々が互いに言葉を交わすことは、ほとんどない。
無限に近い時を生きる神々にとって、よほどの大事でなければ互いに言葉を交わすどころか、行動を起こすことすらない。
行動を起こすのは、常に必要に迫られた時だ。
「人々はもはや、我らの手から逃れたようですね」
「かくなる上は『創世の種子』によってこの星に新たな世界を創る以外に方法はないだろう」
「俺も依存はない」
「水神……。そなたに最後の機会を与えよう。我らに加わるか?」
水神はしばらく黙り込んだ。
そして、長い沈黙を経て、答えた。
「……出来ないわ」
その日、彼女は地上へと堕とされた。




