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Story From The Lethe  作者: 鳴セ カイ響
第2章
38/79

37.水神教団

 翌日、目を覚ましたアマルティアは、家の階段を下りた。

 リビングはしんと静まり返っていた。



 ローリスもニコラもすでに仕事に出たらしい。

 部屋の真ん中にある円卓に朝食が置かれていた。



 ニコラが用意してくれたのだろう。

 アマルティアはそれを平らげ、食器をシンクに置くと、家を出た。



 外に出て、小さな家々が並ぶ小道を抜けていく。

 街の主要部に近づくにつれて、街がいつもより賑わっていることに気がついた。



 小道を抜け、大通りに達すると、通りは人で溢れていた。

 アマルティアは驚いて周囲を見回した。



 通りの中央にある道路にまで人だかりがはみ出ている。今日は歩行者天国にでもなっているのだろうか。



 通りにいる人々は嬉々として道路の中央の方を見ようとひしめいている。

 アマルティアは群衆の視線の先が気になったが、背の低いアマルティアには群衆の後ろからだと見通せない。



 アマルティアは、人ごみをかき分けて通りの中央へ向かった。

 人ごみの最前まで出てくると、武装した治安軍の兵士が一線に並んでいた。通りの反対側も同じように兵士が列を作っており、通りの中央に道を確保していた。通りの両脇には分厚い人垣が築かれ、花道のようになっている。恐らく何かがここを通るのであろう。



「ここより前に出ないでくれ!」



 一人の兵士が、通りに出そうになったアマルティアを制止する。

 兵士の顔を見てみると、ローリスだった。



「あれ、アマルティアか?」

「あ、ローリス……今日は、何かあるの?」



 群衆の声にかき消されないようにアマルティアは少し声を張って聞いた。話す間にもひしめきあった人の波に体が左右へ揺り動かされ、思うように話せない。


「今日は神官、ローデリア様がここに訪問する日なんだ」



 周囲では住民を制止する兵士たちの声が響いている。



「前にも中央アクアリウムで見ただろ? 水神教団の人で、海底都市で一番有名な人だよ」


 ローリスは手で他の住民を抑えつつ言う。

 通りの端で歓声が上がった。

 周囲に付き添いのシスターや教団関係者を大勢伴って、ローデリアが現れた。



 純白に金刺繍の祭服を身に纏い、前に手を組んで淑やかに歩く姿は、まるで女神のようだ。

 アマルティアの前をローデリアの一団が通り過ぎていく。群衆にもみくちゃにされながらも、アマルティアは通りの方を見ていた。



 一瞬、ローデリアではなく、その後ろを歩く一人の人物に目を取られた。

 ローデリアとは対照的に黒の祭服に身を包む背の高い男が、警戒するように周囲に視線を回している。見ていると、その深紅の瞳がアマルティアの方へと回って来そうになる。



 思わずアマルティアは視線を逸らした。

 もう一度視線を通りに戻した時には、一団は通り過ぎた後だった。



 群衆はローデリアの一団を追うようにして通りを移動して行った。気がつくと、さっきまであれだけ賑わっていた群衆はまばらになり、アマルティアはポツンと残されていた。



「ふぅ、こりゃキツイぞ……」

 目の前には疲れた表情のローリスも居る。



 兵士たちも住民の移動に合わせて動くようだ。ローリスよりも後方に居た兵士たちはすでに駆け足で移動を始めている。



「どうして彼女はこんなに有名なの?」



 アマルティアが聞いた。しかし、ローリスが答えるよりも先に移動中の一人の若い兵士が声を掛けて来た。



「なんだ彼女か、ローリス。お前も隅におけねぇな」



 兵士は意地悪い笑みを浮かべながらローリスを小突く。そして、アマルティアの方を向いた。



「君、俺が代わりに説明してやろう」




 神官ローデリアが所属する水神教団は、海底都市セレーネで唯一と言っていい宗教組織だ。 

 魔術、科学の知識が積み上がるにつれて、人は神という存在を忘れて行った。故に宗教は前時代的と言われ、殆どの人が見向きもしないものと成り果てていた。



 ローデリアが現れるよりも前、水神教団はこの海底都市で細々と運営をする宗教組織でしかなかった。


 

 そして、幼くして不治の病を持つローデリアは、一人の信者だった。しかし、彼女が祭壇に祈りを捧げると瞬く間にその不治の病が治り、さらに、未知の魔法を使用できるようになったという。



 元々容姿も美しかった彼女は、瞬く間に水神教団の奇跡を象徴する存在となった。水神教団はその後、彼女を全面的に表に出し、都市に根を張るように組織を大きくしていった。水神教団は今や海底都市で政党や治安軍をも抜いて、人数としては最大の組織となっている。市民に広く支持されるこの宗教団体が都市に及ぼす影響は非常に大きい。



 そのため、神官、ローデリアの名前は海底都市に広く知られている。



「実は俺もファンなんだよ。近くで見れるなんて役得ってやつだ」



 若い兵士は鼻の下が伸びきっている。



「あの美しさで聖職者なんてもったいないよな。生涯神に仕えるとかなんだぜ、きっと……」



 いつの間にか別の兵士が輪に加わっていた。

「それに……」


 さらに別の兵士がこの談合に加わる。



「あの抜群のプロポーション……」


 三人の兵士たちは口を揃えて言うと、視線は立ち止まって信徒と話しているローデリアの身体のある一点に集中する。



 ゆったりとした祭服に体のラインは覆われているが、それでも胸の豊かな膨らみが見てとれる。



「よーし、お前ら! 全員しっかり警備しろよぉ! いくぞ!」

「「了解!」」



 兵士たちは駆け足でローデリアの一団を追って行った。

 ローリスは終始呆れ顔を浮かべていた。



 案外、こうして信者が増えたのかもしれない。

 そしてすぐに自分も行かなければならないことを思い出す。



「おっと、俺も行かないと。じゃあ……」


 と振り返ると、アマルティアが一生懸命何かしている。

 どうやら、自分の小ぶりな胸の膨らみを寄せようと悪戦苦闘しているようだ。



「……何してるんだ?」

「だって、大きい方がいいんだよね? 私、小さい……」



 アマルティアはしょぼくれた声を出す。



「世の中の男が全員あんな感じだと思うなよ……?」

「じゃあ、ローリスは違うの?」



 上目遣いでアマルティアは聞く。その瞳がひどく健気に見えてどきりとする。



「え? お、俺……?」


 ローリスの言葉にアマルティアは「うんうん」と頷く。


「いや、俺は……なんて言うか、大きさより、形の方が……」



 彼女をフォローするつもりで言いかけた言葉が、とんだフェチシズムの暴露となってしまったことに気がついたローリスは、恥ずかしそうに顔を逸らした。



 その先で幼馴染のエリアがすごい顔をしていた。



「何それ、気持ちわるっ!」

 嫌悪に顔を歪めたエリアが自分の身体を両腕で覆う。



「い、いや、俺は聞かれたから答えただけでっ……!」



 ローリスの弁明を聞くよりも先にエリアは、呆然としているアマルティアの腕を取ると行ってしまった。 

毎度お読み頂きありがとうございます。

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