30.呼び声(2)
「……あいつらが敵視しているのは水神教団のはずだ」
しばらく深く考え込むように沈黙した後、ゼノンは言った。
「なのに今回の件、一番被害が出たのは民間人だ。確かに水神教団の地場の教会も被害にあったかもしれないが、それにしたってやりすぎだと思わないか?」
彼はじりじりと無精髭の顎をかいた。
いつも前線で凄まじい戦闘力を発揮するゼノン隊長は、腕っぷしだけの印象を持たれることがある。しかし、昔は治安軍中央本部で高官を志しただけに知性にも長けたところがある。
「揺動が目的、とか……? 事件で中央アクアリウムの兵員が割かれれば、大聖堂を警備する兵士の数は少なくなりますし」
一方、単純なローリスはそういう話は苦手である。
「いや、それはないだろう」
ゼノンはきっぱりと言った。
「死霊術の屍が初めて発生したのは数ヶ月前だ。最初の事件が発生してから何度も機会はあった。だが、今日に至るまで教団の中枢部である大聖堂が襲撃されたという話はない。しかも、原因が特定されて中央塔の警備は厳重になるから、死霊術を発生させることは困難になる。何より、狙っていた水神教団は警戒を強固にするだろう。むしろ逆効果だ」
ローリスが理解する前に次々と論理立てて話していくゼノンは、聞かせていると言うより、自問しているようにすら見える。
「それに、奴らが塔の警備をかい潜ってラピスラズリに死霊術を仕掛けて都市全体に領域を広げるなんて、できるかどうか。なぜそんなに遠回りを……っとすまない」
呆然と聞いているだけになっていたローリスに気がついたゼノンは、バツが悪そうな顔をする。
「とにかく、不審な点が多い。なのに、中央本部は『ポリテイア』によるものと断言している。何か、おかしい。お前も気をつけろ」
ゼノンはローリスの肩を軽く叩くと治安軍地区本部の建物へと入って行った。
「おかえり、ローリス」
ローリスが帰宅すると、すでにアマルティアも帰っていた。無事に帰って来れたようで安心した。
「お兄ちゃん、おかえり!」
キッチンの方から、フライパンを片手にニコラも笑顔を向ける。
ニコラはすぐに食事の準備を整えてくれた。
「もう歓楽街に行くのはやめておけよ」
食べながら、ローリスはアマルティアに言う。歓楽街は何かと揉め事が多い。彼女が巻き込まれそうで心配だった。
「うん……」
アマルティアは煮え切らない返事をする。
「どうかしたのか?」
ローリスはアマルティアの顔を覗き込む。
「今日ね……」
アマルティアは食事をする手を止め、フォークをテーブルの上に置く。
「ラピスラズリで通話したでしょ? その時にローリス以外の声が聞こえたの。こういうことって、よくあるの?」
ローリスは眉をひそめる。
「いや、俺は一回も無いけど……。その声は何て言ってたんだ?」
「ローリスの声に重なって聞こえてたから、よく聞き取れなかった」
「ニコラ、そういうことってあるか?」
ローリスはニコラの方を見る。妹の方が魔術関係に関しては詳しい。
「ラピスラズリの不調かぁ。考えにくいと思うけど……私も分からない」
ニコラは「う〜ん」と唸りながら小さな眉間にしわを作って考え込む。
そして、ふと顔を上げた。
「私の職場のダミアンさんなら分かるかも」
ニコラの職場は海底都市の移動手段「ビークル」に搭載するラピスラズリの設定を専門に行なう工房である。そこの工房の主人、ダミアンならラピスラズリに関しては詳しいはずだと言う。
「そうだ! アマルティアお姉ちゃん、私の職場に連れてってあげるって約束してたよね? 明日、一緒に行こうよ」
ニコラが目を輝かせる。
ローリスは首を傾げた。
「ん? それって連れて行きたいだけ……」
「お兄ちゃんうるさい!」
ニコラが目を尖らせる。
(ま、いいか)
ローリスは苦笑する。どうせ他に当てもない。




