22.光の消えたアクアリウム(8)
光を失ったアクアリウム(八)
「エリア、お前は……!」
妹から事情を聞いたゼノンは、こめかみに血管が浮き出るほど怒りの表情を浮かべた。
怒りに震える手が上がりそうになるが、ローリスと副官のマルティンがそれを抑えた。
エリアは怯えて悲鳴を上げる。
「た、隊長! 落ち着いてください!」
二人は必死に止めた。もし、ゼノンがやれば、平手打ちでもただでは済まない。
「お前もだ、ローリス! 一体何を考えてる!?」
二人を力ずくで振り解いた後、ゼノンはぎょろりとローリスに目を向ける。
「す、すいません!」
睨まれたローリスは身体が萎むような感覚がした。
情報が少ない中で軽率に行動しすぎた。実際それでエリアは死にかけたのだから、返す言葉もない。
ローリスは無理矢理にでもエリアを止めるべきだった、と後悔していた。
「隊長、お気持ちはわかりますが、今は……」
副官のマルティンは諭すように言う。
ゼノンは自らを落ち着かせるために息を吐いた。龍がため息をしたのかと思うほどの勢いで、正面に居たマルティンの髪がなびいた。
「……すまない。少し、感情的になった」
(少し……?)
とマルティンは心の中で苦笑する。
「被害の状況は?」
ゼノンは周囲を見回しながら言う。
「はい、幸い戦死者は居ません。しかし、二十名ほど負傷者が……。治癒士が手当てしていますが、深手を負っていて歩くことが厳しそうな者も居ます」
マルティンは報告を済ませる。
ゼノンは小さく頷く。
「塔の中は安全そうだ。お前たちはここに残れ。もし、頂上のラピスラズリがこの死霊術事件の原因でなければ、またあれと戦いながら戻ることになる。少し準備をしておいて欲しい」
「承知しました」
マルティンは頭を下げる。
ローリスは離れて座っているエリアの元へ戻った。アマルティアはエリアの正面に座り込んで、心配そうな顔で覗き込んでいる。
エリアはうな垂れている。いつもなら、ゼノンに叱られても飄々としているが、今回は見たこともないほどの剣幕だった。さすがのエリアでも、落ち込んでしまったらしい。
「身体は大丈夫か?」
ローリスは聞いた。が、エリアは答えない。
「ローリスあなたもよ」
エリアの代わりに背後から声が聞こえた。
治癒士のアイリスだった。
「腕、怪我してる」
彼女はローリスの肘あたりを差す。
ローリスは言われて漸く気がついた。切り傷がある。
いつもなら防具が覆っているはずの場所だが、あいにく今日は私服に、槍一本だ。
「大丈夫だよ、これくらい。唾つけときゃ治るさ」
「良いから見せて。治療をするのが私の仕事なんだから」
とアイリスはローリスの腕を取って、傷を見る。
「うん、軽度の皮膚組織の損傷ね。血もそんなに出てない」
「要するにかすり傷だろ」
ローリスは呆れたように言う。
アイリスはその通り、と笑いかける。
ローリスの腕を取り、片手を怪我の上にかざす。そして、アイリスは目を閉じて集中する。治癒術を施そうとしている。
やがて、傷が光を放ちながら消えていく。
「はい、終わり」
傷が塞がり、綺麗になった肌の上を、そっと指でなぞる。
「あ、ありがとよ」
「どういたしまして」
アイリスは微笑みを返すと他の負傷者たちの元へ向かった。
彼女は隊の中でも優秀な治癒士で、治癒士長を務める。軽傷であれば、たちまちこうして治療をしてくれる。治癒学と魔法工学に知識が深いため、治癒士でありながら魔法具のメンテナンスなども得意としている。
しかし、治癒士として優秀とされている彼女の治療術でさえ、戦闘中のファーストエイドに留まる。
ローリスは目の前に座り込むアマルティアを見る。
目が合うと、アマルティアはローリスの視線を避けるように目を逸らした。
さっき瀕死のエリアを救った力、この都市で一番の治癒士であったとしてもあれほどの重傷を瞬時に治せるかどうか。
「アマルティア……」
ローリスはそれについて聞こうとしたが、近くでまたゼノンとエリアの口論が起きたために聞くタイミングを逃した。




