19.光の消えたアクアリウム(5)
ローリスとエリア、アマルティアの三人はさらに通りを先に進んで居た。先ほど戦った以外は特に屍との遭遇もなかった。
エリアは明るい顔で塔を見上げる。
「だいぶ近くまで来れた。やっぱり屍は居ないわね」
「ああ……」
ローリスはぼんやりと返事を返す。
胸の内に何か違和感を覚えていた。
戦闘の痕跡。
先行した治安軍が残した物だと思っていた。しかし、戦闘の痕跡はそこで途絶え、塔付近に来たが、治安軍部隊の気配どころか、争った形跡もない。
「あ!」
不意にエリアが声を発したので、思案に耽っていたローリスは体を震わせた。
「なんだよ! 急に声上げんなって」
「ごめん、また敵。ほらあそこ」
エリアが指差した先に死霊術の屍がふらふらと歩く影が見えた。武器を引きずる音が、薄闇の中でガラガラと響いてくる。
幸いこちらの存在を察知してはいないようだ。
「俺に任せろ。音が出るから、今度は勝手に魔導式ボウガンを使うなよ」
ローリスはエリアとアマルティアを背後に残して、姿勢を低くして近づくと、後頭部の発光部に向かって槍を突き立てた。
屍は力なくその場に倒れ込む。音を立てないように突き刺した屍の体をゆっくりと床に横たえさせてから、槍を抜く。
「ナイス!」
エリアの声が聞こえて、ローリスはエリアの方を見た。
「だから、大きい声を出すなって」
と言おうとしていたが、あることに気がついて、血の気が引いた。
「エリア、逃げろ!」
「え?」
気がつくと往来の建物の隙間という隙間の暗がりに、数え切れないほどの瞳孔が不気味に光っていた。
エリアは悲鳴を上げた。アマルティアもその後ろで固まっている。
一体の屍がその闇の中から飛び出して、まず近くに居たエリアを襲う。
エリアが反射的に身体の前に構えた腕をすり抜けて、屍の持った包丁の切先がエリアの腹に突き刺さる。
「あ……う……」
エリアの口からうめき声が微かに漏れたかと思うと、その場に崩れ落ちた。
倒れた体の周りに血溜まりが広がる。
屍の持つ包丁からは血が点々と滴り落ちている。
屍はエリアの上に覆い被さるようにしゃがみ込み、止めを刺そうと包丁を上に振り上げている。
「くっそがぁ!」
離れた位置に居たローリスは、手にした槍を逆手に持ち替えて、びゅっと鋭く投げた。
槍は一直線にエリアを襲った屍の頭部に直撃。屍は横にのけ反った。
槍を投げた後、その軌道を追うように駆け出していたローリスは右手を掲げる。
屍に刺さっていた槍が光を上げて消えて、手元へと戻った。
ふらふらと体勢を立て直そうとしている屍の胸部の発光部を突き崩した。
エリアを刺した一体は倒したが、戦闘音に釣られて周囲の屍が次々と飛び出てきた。
ローリスは何体かばらばらと突っ込んで来た屍を薙ぎ払い、突き崩ししたが、さすがに複数との戦いでは正確に敵の急所を突くことができない。
攻撃されても屍は何事もなかったように再び立ち上がる。
やがて、この通りにある建物の影という影から屍が飛び出してくる。
背後には無防備のアマルティア。
足元には昏倒するエリア。
屍たちは一斉にローリスを目掛けて突っ込んでくる。
(これは、やばい)
そう考えながらも、ローリスはほぼ反射的に槍を構える。
もはや逃げる算段を立てる余裕もない。
とにかく、目の前の敵を可能な限り倒すしかない。
目の前の屍を突こうと武器を構えた瞬間、屍がどこからともなく現出した水球に呑み込まれた。
「な、なんだ!?」
ローリスは思わず素っ頓狂な声を上げる。
状況は分からないが、とにかく逃げるなら今だと思い振り返る。
「アマルティア、逃げ……」
言いかけてローリスは口をつぐんだ。
アマルティアは手を胸の前に組んでローリスの向こうの屍に瞳を向けている。その青い瞳が、薄闇の中で光を放っていた。
「水よ、貫いて」
アマルティアが呟くと、凄まじい水飛沫と共に地面から水の剣が突出して、通りに居た屍を一体残らず串刺しにした。
屍を無力化すると、水の剣は元の水に戻って地面に流れ落ちた。
気になることはあったが、ローリスはまず血溜まりに横たわるエリアの傍にかがみ込んだ。
「エリア!」
まだかろうじて呼吸はあるが、傷は身体の深くに達している。
反射的にローリスはその傷口を手で押さえたが、次から次へと血が溢れ出てくる。
「くそっ! どうすりゃ良いんだよ」




