18.光の消えたアクアリウム(4)
通りの暗がりから現れた二体の屍は、不気味に瞳が光を反射してチラついている。どこで手に入れたのか、剣を持っている。持つ手はだらりと垂れ下がり、歩くたびに剣先が地面をがりがりと引っ掻く音が聞こえる。
二体の屍の顔がぐるりとこちらを向く。
同時に足だけで疾走を開始する。地面に擦れる剣先から火花が散っている。
エリアは屍の衣服の胸部に発光している箇所を見つけて狙いを定める。
エリアが背後から放った魔力の矢が、一体の屍の胸の発光部に当たって貫通する。屍は勢いのまま、ごろごろと床に転がった。
一方のローリスは、接近して来た屍の胸を槍で素早く突く。
身体が突き刺さってもなお、屍は腕を振り回してローリスを切り付けようとする。無茶苦茶に振り回す剣が、危うく鼻先を掠めそうになった。
「くそ、どこだ!?」
弱点の発光部が見えない。
ローリスは屍を思い切り足蹴にして槍を引き抜く。蹴り飛ばされた屍は、近くに積み上げてあった木箱に突っ込んだ。
槍を持ち直すと、不思議な体勢でぐらりと起き上がって再び突進して来た屍を横にかわし、背面に回る。
後ろから見ると、屍の身につけている衣服の下から光が滲んでいる。ローリスはすかさず、その場所を突いた。
槍を引くと、屍はどっと地面に崩れ落ちた。
「移動するぞ。音を立てすぎた」
ローリスが振り返る。エリアは頷いた。
アマルティアは、エリアの隣で血の気の引いた顔をしている。
「こんな、酷い……」
彼女の言葉に、ローリスは決まりの悪い顔をした。
「襲われたから……」
アマルティアは顔を上げて小さく首を横に振る。
「これは何かの魔術なの?」
彼女は再び床の屍に視線を落として言った。
「死霊術だ。それにしても、こいつの服……」
ローリスは眉をひそめた。
死霊術によって動く屍はここのアクアリウムの集団墓所から這い出たものだと考えられていた。多くは古い屍体のはずだ。しかし、今、ローリスが仕留めた屍はまだ比較的新しく、死装束でもない。
が、考えている時間も無かった。
「アマルティア、とにかく移動しよう」
ローリスは彼女の腕を引いた。
派遣された治安軍は海底道路からアクアリウムへと入ってすぐの場所を封鎖している。ローリスたちがここへ来た時に見ていた場所である。
プランクトスを密集して駐機した地点に拠点を作っていた。
拠点と言っても、周囲をプランクトスで囲って予備の武器や備品を並べただけの簡易なものだ。
塔の付近には例の屍が大量に発生していることは、事前の情報として分かっていた。人数が多いだけに準備に手間取った治安軍は到着が遅れ、作戦開始時刻を一時間後ろにずらした。
治安軍の目的は、塔の最上階に安置されているラピスラズリを確保することだ。
アクアリウムの環境を統括管理している魔法石ラピスラズリは、死霊術とは一見無関係に見える。
しかし、死霊術によって汚染された屍が現れたこのアクアリウムでは、現に街の魔力照明が消えている。
もし、全ての動力が停止したのなら、耐水性魔力シールドも停止し、このアクアリウムは海の底に沈み、完全に復旧不能になっていてもおかしくはない。
ところがどういうわけか、シールドは作動したままで、おそらく他の機能も残っていると思われていた。
治安軍はその詳細状況を探るべく、隊長ゼノンを筆頭とした調査隊百人余りをこのアクアリウムに派遣した。
「今の音はなんだ?」
白銀の鎧に身を包み、拠点で身支度をしていたゼノンは眉をひそめて顔を上げた。
「何か、物音がしましたか?」
近くに居た利発そうな若い男が聞いた。副官のマルティンだ。
「ああ……」
「例の屍の立てた音では?」
「いや、そんな筈はない」
ゼノンはきっぱり断言した。
「魔導式ボウガンの音だ」
死霊術に操られた屍はそれほど知能が高くないことは知られていた。せいぜい鈍器や刃物を振り回すのが関の山のはずだ。実際に市街地で鎮圧した経験のある彼も、飛び道具を使う屍は記憶にない。
「嫌な予感がするな」
ゼノンは言うと、マルティンに兵士たちの準備を急がせるように告げた。




