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Story From The Lethe  作者: 鳴セ カイ響
第1章
14/79

13.神官ローデリア

 不機嫌に黙り込むエリアを余所に、ローリスは、興味津々に外を見つめるアマルティアにひとつひとつ説明をした。

 そうしていると、眼前に一際大きいアクアリウムが迫ってきた。


 近づくにつれて、薄く透き通る耐水性魔力シールドと、アクアリウムから漏れ出る灯りで視界が一杯になった。

 シールドを突っ切って街へと入ると、減速して路肩の空いている場所を見つけてマンダは停止した。


 外へと降りると、さっきまでむっつり黙っていたエリアも気が紛れたようだった。

「さ、どこから回るの?」

 広い石畳の歩道を歩く一行の前を軽やかに先行しながら言った。


 中央アクアリウム。

 その中心には他のアクアリウム同様に耐水性魔力シールドを突き抜けて塔が伸び、その周囲には高層の建築物が並ぶ。

 そして、さらにその外側は低い石造りの建物が並んでいる。

 多くは何かの専門商店らしく、どこにもさまざまな色のネオンの看板が明々と通りを照らしている。


 この中央アクアリウムでは、全域にわたってこのような風景が広がっているが、異質な場所がいくつかある。ローリスはそこをアマルティアに紹介しようと思った。

 三人は広い街中を歩きながら周遊していく。


 中央塔付近にある議事堂広場。

 高層の建物の中にぽっかりと開けた広場がある。

「あ、木が……」

 その石畳の通りに立ち、アマルティアは広場の奥の重厚な石造りの建物に目を向けている。

 広場に植栽された街路樹が一つの大きな石造りの建物に向かって続いている。


 海底都市では街路樹はここ以外に見られない。専用の設備が無いと、植物も育たない海底都市では木が珍しい。ここでは、木を成長させるために照明の明かりが一段と強い。広場の上に大きな光の玉があり、その光の放つ熱が感じられる。


「珍しいだろ? 専用の植林場以外だと、木はここしかないしな」

 ローリスはアマルティアの隣で言う。


 次は治安軍中央本部。

 街の中に忽然と城壁が現れる。

 ローリスの所属する治安軍の本営である。


 地上にあったものを移設したらしい。元は古城だったらしく、八つ聳える八角形の塔を煉瓦の城壁が繋ぎ止めている。

 唯一の正面の大きなアーチの入り口からは、美麗な白銀の鎧に身を包んだ兵士たちが、隊列をなして盛んに繰り出て来ては街中へと消えていく。


 街中では窃盗などの軽犯罪は日常茶飯事で、刃傷沙汰となることも少なくはない。

 裕福な人間がいる一方で、窃盗などをしなければ生活が成り立たないものも数多く居る。

 海底で物資が限られた場所に大勢が暮らしていることが原因とも言えるだろう。


「どれも高そうな装備ばっかだな」

 ローリスはため息を吐いた。

 自分の普段身につけているものとは装備の豪華さが違う。どれも職人が強い耐魔法加工を施した逸品ばかり、ということらしい。


 治安軍の兵装は魔導式ライフル、魔導式ボウガンなどの飛び道具が主流であるが、それらの放つ魔力の銃弾、矢は魔力シールドを展開できる相手には簡単に防がれてしまう。また、装備が良ければ耐魔加工を施した強化鎧などでもある程度は防げる。


 そういう相手に対しては、ゼノンやローリスなど、剣や槍を持つ突撃兵が対応にあたる。

 ただ、耐魔加工は職人が一点一点加工を施すために耐魔加工を施した鎧は高価であり、人一人を一年雇えるような額になる。ゆえに普通の犯罪者などが使用することはあまりない。


 ここの治安軍の兵士たちは皆、その耐魔加工の鎧を身につけている。白銀の鎧の表面に魔力の層がうっすらと見える。


 最後は大聖堂。

 海底都市セレーネの唯一と言っていい宗教団体、水神教団の本拠地である。

 大きな白い石材の宮殿の入り口に立つ。


 高い屋根の上から、微笑みを浮かべて両手を広げた女性の像が見下ろしているのが見える。

 母なる水の女神を模した像らしい。


 ローリスの説明を聞きながら、アマルティアはその像を見上げていた。

「水神……?」

「ここ十年くらい、信仰する人が増えてるんだってさ」

 ローリスも隣で女神の像を見上げた。


 気がつくと、アマルティアは宮殿の入り口へと歩み出していた。

「あ、おい……」

 ローリスはアマルティアを追って宮殿へと入っていく。


 宮殿のエントランスにある両開きの木の扉を開くと、大きな円形の広間へと出た。

 ちょうど何かの集会を行っているところだったらしく、広間の中は人が満ちていた。

 広間は中央へ向けてなだらかに低くなっており、中央を幾重にも取り囲むように置かれた長椅子に信徒の人々が座っている。


 信徒たちの中には病人だったり、ボロ切れのような服を着たものもちらほらと見える。それらの人々の熱い視線が、中央に注がれている。

 中央には白い祭司の装束に身を包んだ若い女性の姿があった。


 そういう設計になっているのか、窓から差す光が女性のひとり立つ場所へと降り注いでいる。金色の長い髪が光に映え、輝いている。それがまた、女性をより何か神聖なものに見せていた。

「……かつて、人類が地上の厄災から逃れた時、母なる水源、海だけは荒ぶることなく、その深き懐に人々を受け入れてくださいました」

 女性の澄んだ声が、広間に満ちている。


「地上で絶望に沈んでいた私たちは故郷の水源、海へと帰り、その懐の中で希望を見出したのです」

 分厚い壁に外界を遮断されて、この広間は物音ひとつしない。中に居る信徒たちも静かに女性の声に耳を傾けている。


「皆様の中には、絶望に打ちひしがれ、ここに座っている方もいっらしゃるでしょう。かつての私も同じ。病で絶望の底に沈んでいた私は、まさにこの広間で水神様へと祈りを捧げました。水神様は私に奇跡をお示しになり、今日、私はこうして皆様の前に立つことが出来ています」

女性の声は次第に熱を帯びた。


「ですから、私は確信を持って皆様にお伝えするのです。絶望の底に沈んでいようとも、ここは私たちの母、水神様の懐の中なのです」

 女性はその場でゆっくりと両膝をついて、胸の前に手を組んだ。


 光の中で瞼を閉じて祈る彼女の姿は、まるで女神そのもののようである。

「……水神様は常に、私たちを救ってくださる。さあ、どうか、私と共に祈りを……」

 彼女の言葉が切れると、広間に割れんばかりの拍手が湧き起こった。


 たまたま居合わせただけのローリスとアマルティアはその様子を呆然と見ていた。

 信徒の中には、感動で涙しているものも居る。

「あれは、神官ローデリア様だ」

 喝采の拍手の中で、ローリスは顔を近づけて、耳打ちした。


 アマルティアは気まずそうに身をすくめていた。

 やがて彼女はローリスの服を引っ張った。

「ローリス、行こう」

「ん? ああ」


 二人は席を立って外へと出た。

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