11.サラヒマンダ
「ふん、あの筋肉ばか……」
ドアを閉めたローリスが戻ってくると、エリアは階段の影から出て来た。
ローリスは気まずそうに苦笑いした。
隣に居るアマルティアは当事者でもないのに何故か落ち込んだ顔をしている。
「兄弟って、ローリスとニコラみたいに仲の良い人ばかりじゃないのね」
「当たり前よ。それって偏見なんだからね!」
エリアは腕組みをして、つんと顔を背ける。
「一緒に居る時間が多いだけで仲良くなれるとは限らないの! 毎日毎日、偉そうに説教されたら嫌にもなるわよ!」
だんだんと語気が荒くなってくる。まるでこちらに向けて怒っているようだ。
アマルティアは怯えた様子で、ゆっくりとローリスの背中に隠れていく。
気がついたローリスは、
「ほら、その辺にしとけよ」
となだめた。
エリアは、はっとして笑顔で取り繕う。
「あ! ご、ごめーん!」
「でも、嫌いじゃないよね?」
ローリスの背中から子供のようにアマルティアが覗く。
「え、えーと……、嫌いじゃ、ないかな」
エリアはアマルティアの前からこちらを睨んでいるローリスを、ちらちらと見ながら答える。
「……それで、これからどうするんだよ?」
ローリスは話題を切り替えた。
この様子だと、すぐに家に戻る気にもなれないだろう。
「あ、そうそう! あんた今日、非番よね? ちょっと私に付き合って」
エリアは手を叩くと、急に声を明るくして言う。それがまた、ローリスの嫌な予感を掻き立てた。
「はいはい、わかったから」
とは言え、ゼノンの頼みなので仕方なしに応じた。
「あ、それ、私も行きたい!」
ローリスの背後からアマルティアが出て来る。
「ああ、構わないさ。あんたをここに置いていくのもなんか心配だしな」
ローリスは苦笑いをしながら言った。
「マンダを使いましょ。近くまで乗って来てるから」
家を出ると、大通りに向かって前を歩くエリアが言った。
「マンダ……?」
アマルティアは首を傾げた。
大通りに出ると、黄色金属の板を継いで作られた道が見えた。その上を乗り物が通り過ぎていく。
そしてその道路の脇に柵で四角に囲われた大きな駐機場がある。そこの床もまた黄色の金属の板が敷かれている。
サラヒマンダ、通称マンダは水陸両用の三人乗りビークルで、海を泳ぐマンタをモデルとして作られていると言われている。全長は四メートルほどである。
が、最初の見た目は長方形で平べったい流線型の乗り物である。機体の下には短い足が四本あって本体を支えている。後ろには二本のスクリューらしきものが突き出ている。左右は長い窓付きのドアがあり、開くと前後の座席が丸ごと見える。
この長方形の乗り物が駐機場の柵付近に沿ってびっしりと並んでいる。
二列の座席は、前の中央に運転席、そこにはエリアが乗った。
運転席の後ろを挟むように二席、ローリスとアマルティアが左右から乗り込む。
天井は低く、足はなだらかに下に下がっているが、ほとんどまっすぐに伸ばしている。
「じゃ、行くわね」
エリアが後ろを覗き込んで言う。彼女の目の前には、細い窓があり前方の景色が見える。斜めになだらかに下がったフレームの中に、両手で抱えれそうな大きさのツヤツヤした球体が見えた。
金属のフレームの中に、昨日アマルティアが顔をスキャンした時に見た「魔法石ラピスラズリ」がひとつ埋め込まれ、上側半分が飛び出ている。
エリアが触った瞬間に、ラピスラズリは薄青く光を放ち、表面のまだら模様が表面でうねり始めた。エリアはさらにラピスラズリの表面に指を滑らせると、上の空間に海底都市の立体地図が浮き出て表示された。エリアは地図の中からひとつのポイントを指差すと、地図が拡大していく。これは行き先を設定している。
作動音と共に、窓の外の景色がふわりと揺れた。
ホバリングした状態で機体を支えていた短い脚がゆっくりと本体へと収納されていく。
四角に囲われた駐機場から道路への出口へ移動する。道路は同じようなビークルが高速で通り過ぎている。その合間に、三人を乗せたマンダが入り込んだ。
高速で街の明かりが尾を引いて通り過ぎる。
アマルティアは目を輝かせて、その景色を眺めている。
やがて、アクアリウムの端、耐水性魔力シールドを突き破った。
シールドの外に爆発したような泡を立てながら、マンダは海中へと飛び出た。
海中に出ると、長方形の外側に丸い羽が生えたように薄い光のベールが現れた。
「ローリス、これは?」
アマルティアは窓の外を不思議そうに見ている。
「ヒレだよ」
ローリスが外を覗くアマルティアの背後から言う。
「街を覆ってる耐水性魔力シールドと同じ仕組みで魔力の粒子をヒレの形にしてるんだ。普段、街中を走る時は邪魔だから、外に出る時だけ展開するんだよ」
これで海中を彷徨うマンタのような形ができあがる。さらに街中にいる時には作動していなかったスクリューで追加の推進力を得る。
マンダと呼ばれるこのビークルは、左右のヒレをうねらせて、器用に推進力を左右へと傾け、海底の岩を縫うように走る海底道路を辿った。
海底道路にはビークルの他に両脇に点々と立ち並ぶ海中照明の他に発光する海草や大小の魚と賑やかである。
「目的地の入力は終わってるから、ゆっくりしてて」
エリアはのんびりと体を伸ばして二人に言った。マンダの制御機構は全てラピスラズリが自律で管理しているため、移動している間は特にやることがない。
「中央アクアリウムに連れて行ってあげるわ」
彼女の声は、窓の外を楽しそうに眺めるアマルティアの耳に入ったかどうかわからない。




