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Story From The Lethe  作者: 鳴セ カイ響
第1章
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10.ゼノンの苦悩

 ローリスは、エリアの顔を見て出掛かった言葉が止まった。

 まるで幽霊でも見たかのような表情だ。

 そして、ローリスの方を見ると、ぱくぱくとしばらく口を空転させた。


「この子、誰? まさか……」

 やっと出た言葉は、口から漏れ出たように弱々しかった。

 ローリスは昔から、日々食べていくだけで精一杯の環境で育って来た。基本的に仕事と家の往復だけで異性間交友の「異」の字も無い。それは昨日、二人が会った時も同じだった。


 しかし、今日来てみると、降って湧いたように同じ年頃の少女が、家から出て来た。それも、寝起きであるところを見ると、昨日はこの家で眠ったのだろう。

 その衝撃は幽霊を見たに等しかった。

「へ、へー、あんたにもやっと彼女ができたわけ?」

 エリアは取り繕うように軽口を叩くが、その笑顔は引きつっている。


 ローリスが呆れたようにため息を吐く。

「別にそんなんじゃねぇよ」

「そ、そうなの……?」

 エリアは横目で恐る恐る幼馴染を見る。


「ああ、んで、何しに来たんだ?」

 大体の想像はついていて、ローリスは嫌そうに聞いた。

 再び訪問者が、ドアを叩く。


 今度は力強く拳で金属のドア打つ音。ガンガン、と大きな音が響いた。

ーーローリス、居るか?

とドアの外からこもった声が聞こえてくる。


 ゼノン隊長の声だった。

「お前、今度は何した?」

 ローリスは目を細めてエリアの方を見る。


 エリアは顔の前で手を合わせる。

「お願い! 何も言わずに匿って!」

「あぁ、もう…!」

 とローリスはエリアを階段の裏へと隠した。

 玄関すぐ隣から二階へと伸びている階段の裏は、陰になっていて見えない。


 ゼノンがもう一度ノックをしようと拳を上げた時、ローリスがドアを開いた。

「ああ、休みのところ悪いな、ローリス」

 ゼノンは挨拶をしながら、ローリスの背後を見た。


「エリアが来てないか? こっちに逃げたと思ったんだが……」

 とゼノンが部屋の中を見回すと、床で目が止まった。

 床に落ちた換気口のスリットと床に散らばる塵、ゼノンの眉がぴくりと反応する。

(バレたな)

 ローリスは悟った。


「いいえ、エリアと何かあったんですか?」

 しかし、敢えて白々しく言う。

 状況を察したゼノンはため息を吐きたくなる気持ちを抑えて、気付かないふりをした。


「そうか、それじゃ……」

 ゼノンが言いかけた時、視線の先にアマルティアが現れて目を剥いた。こちらは予想外だったようだ。

「なっ!? 昨日の少女! なぜお前の家に……。お前、まさか……」

 図らずもエリアと似たような反応を見せるゼノンに、ローリスは思わず吹き出しそうになる。


 ローリスもさっきと同じようにアマルティアとの異性間交友を否定し、ことの顛末を説明するとゼノンは落ち着きを取り戻した。

「そ、そうか……。そいつは、なんと言うか……」

「あの、それで、エリアがどうしましたか?」

 あまりその話題を引っ張りたくないローリスは、エリアの話題へと戻す。


「あぁ、実は、今朝もまた口喧嘩になってな」

 言葉にいつものような力強さがない。大柄な身体が、心なしか縮んで見えた。

「また、いつものやつですか?」

 ローリスは聞く。


「まぁ、そんなところだ」

 ゼノンは顔を背けると、太い指の先で顎を掻きながら、歯切れの悪い返事をした。

 彼の普段の姿からは、妹とのことで悩むような繊細な性格には見えない。

 非常時は率先して陣頭に立ち、兵士の中の誰よりも頼りになる彼は、若くして治安軍本部の幹部となるはずだった。


 ローリスが世話になった彼の両親も喜んでいたが、ある日、突然その道を辞した。

 そして、彼の故郷であるこの地域の治安軍部隊の一人の隊長として落ち着いた。

 現在は、この地域の治安を守ることと、妹のエリアを追いかけることが彼の仕事だ。

「とにかく、ここには居ないんだな?」

 ゼノンは言葉と裏腹に部屋の奥へと目を向ける。階段の裏からエリアの体がわずかに覗いている。


「もし、見かけたら、家まで連れ帰ってくれないか?」

 彼はローリスに目を戻すと小さく頷いて合図をした。

 気付かないふりをした上で、ローリスに妹の面倒を任せたらしい。

「……わかりました」

 意図を汲み取ったローリスはそれを請け負った。


 もはや請け負うと言う話でもなかった。

 彼にとってはエリアの面倒を引き受けるのはいつものことだ。

 そんな彼を、ゼノンは部下として以前に、人として信用している。


「邪魔したな」

 言うと、ゼノンは背を向けた。 

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