0.プロローグ
人々は神を忘れ去った。
かつて人がまだ無知であった頃、人々は壮大で未知なる存在「自然」、すなわち神を敬い崇めた。神々は人を慈しみ、恵みを与え、両者は共存する関係であった。
しかし、人々が見つけた魔法という力は自然を、信仰する対象から従属させるべきものへと変えさせた。
魔法は技術化され、あらゆる方面へと発展を遂げた。
魔術の進歩は、人類の文明にも未曾有の大繁栄をもたらしたという。
自然を魔術で操ることができるようになり、生活が安定すると、今度は爆増した人口を養うため、人類同士での争いが始まった。
その争いは日に日に凄惨さを増して行ったという。
魔導兵器が街一つをかるく吹き飛ばせるような強大な力を発揮するようになると、その傷跡は星の生態系をも変えてしまったという。
歪な生命、魔獣たちが現れて人々を襲った。
さらに自然を長きにわたり虐げたことで神々が地上に怒りを示し始めた。火は山林を燃やし、風は荒れ狂って暴虐の限りを尽くし、大地は怒りに揺れ、雷の制裁が地上へと降り注いだ。
戦乱、飢餓、天変地異により多くの命が失われ、人類はとうとう地上から姿を消した。
瘴気に満ちる、淀んだ大気が空を覆っている。
轟々と吹き荒れる風の下に暗い海。
何やら海面の波間から覗いている。近付いてみるとそれは人工物であることがわかった。
海面下を覗いてみると、どうやらそれは建造物らしい。
大理石のような光沢のある石を継いで造られている円柱が、暗い海の底へと果てしなく続いている。
塔のつるつるとした表面に、脈打つように青白い光が回路のような線を描きつつ、上から下へと流れている。
その光を追うように、深海へと潜っていく。
深海。
太陽の光すら届かない常夜の世界。
しかし、その果てしなく長い塔の先に光がある。
やがて眼下には、街の明かりが絨毯のように広がり、風変わりな形をした建造物が時折突き出ているのが見えてくる。
目を凝らすとうっすらとしたドーム状の光が都市を覆っていた。ドームはこの塔を中心に発せられているようだ。
そのドームを中心に周囲に向かって線がとび出しているのが見える。その上を光点が移動していることから、乗り物が移動する道のようだ。
その道の先にも同じように街があり、中央に塔があり、ドームが覆っている。どの塔も水面から辿ってきた塔と同じように脈打つようなリズムで光が頂上から根元に向かって走っている。
わずかに生き延びた人々の居場所は今、陽光の届かない常夜の深海に存在するこの都市だけとなった。
人々の間で、このドームに包まれた街は「アクアリウム」と呼ばれた。
人が地上を捨てる以前は、このアクアリウムという単語は魚を飼育する水槽を意味していたらしい。
今では、人がその中に住んで、魚が外を泳いでいるのだから、皮肉のきいたネーミングとも取れる。
そして、その深海に一帯に存在するアクアリウム群を、総じて「海底都市セレーネ」と呼んでいる。
人々が神の存在を忘れて幾星霜。
地上を離れて二百余年。
かつての過ちも人々の記憶から薄れていこうとしている。
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