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第1話 無能との出会い

王国第三の都市、クォーカフ。王都の西側に位置し、王都からは馬車で数日かかる距離にある都市である。テムジンやタカハといった二大経済エリアを有し、非常に活気がある。人間種の居住区から海や山が程よい距離にあり、食べ物が大変おいしく、王都よりも住みやすいと評する者も少なくはない。住んでいる者達の人柄も非常に良い。


そんなクォーカフのタカハにある冒険者派遣会社の建物の前に佇む若者が一人。名をルークと言う。肩まである髪を風になびかせるその若者は、田舎の村出身で、木こりの父親の元に生まれた。幼いころより村の剣術道場で研鑽を積み、村の剣術大会で大人たち相手に優勝したこともある彼は、剣にはある程度の自負を持っていた。父親はルークに後を継がせたいと考えていたが、木こりとして斧を振るうために剣をやってきたのではない。渋る父親をどうにか説得したルークは、剣士として名を馳せるべく、冒険者としての一歩をいま踏み出そうとしていた‐。


いざ冒険者派遣会社の扉を開かん!輝かしい未来に思いを馳せ、気持ちの昂ぶりも最高潮となったベストタイミングで、ルークは近くにいた青年に声をかけられた。


「あ、ぁ、あのう、冒険者ギルドは、こ、こ、ここですか?」


ギルド?ギルドとは一体何だ?人生の大事な瞬間に虚を突かれた思いがした。しかしそこはクォーカフの人間ルーク、人柄が良い。丁寧に受け答えする。


「ギルドって何だい?ここは看板に書いてある通り冒険者派遣会社だが…」

「あ、ぁ、こういう世界ではギルドと呼ぶのがふ、普通と思っていました。す、すみません、看板に書いてある字が読めなくて」


この世界では、貧困が理由でまともな教育を受けられない子どももいる。読み書きができない者も決して珍しくはない。


「あぁ、それはすまなかったね。冒険者登録にきたのかい?」

「は、はい、お金がなくて、し、仕事を探しにきました」

「俺も冒険者になるためにここに来た。それじゃあ一緒にいこうか」


場所を聞かれただけのルークがこの青年と行動を共にする理由はない。しかしルークは識字できないこの青年が困ることもあるだろうと考え、共に冒険者派遣会社に入った。ここでもクォーカフの人間の人柄の良さが表れているのだ!


冒険者派遣会社のひどく事務的な受付で冒険者登録を済ませた二人は、依頼書が張り出された掲示板を眺める。字の読めない青年はしばらく隣でぼーっとし、胸の前で組んだ腕で貧乏ゆすりしていたが、あまりにも暇すぎたのか、ルークに質問する。


「や、やはり冒険者って魔物を討伐する仕事ばかりですか。ぼ、ボク自信ありません…」

「いや、クォーカフは王国でも治安の良い方だから魔物討伐の依頼は少ないほうだ。何より、何の実績もない駆け出し冒険者が個人で魔物討伐を請け負うことはできない。実績のない者は、最低でも四人パーティを組まないといけないよ」

「そ、そうだったんですね、安心しました…」


(受付で口頭説明された内容のはずだが) ルークは二人の空気が悪くなること案じ、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。剣士として名を馳せるためには、いくら魔物の出現が少ないクォーカフとはいえ魔物討伐で実績をあげていかねばならない。田舎の村出身のルークはタカハでの知り合いがなく、彼にはパーティ仲間を探す目的もあった。そのため、出会った者とはなるべく良好な関係を築いていたかった。


「この依頼などどうだろうか。マンドラゴラ採集」

「マンドラゴラ?」

「マンドラゴラは薬や魔法の秘薬の材料となる。危険な植物だが注意点さえ守っていればたいしたことはない。特に難しいこともないだろう。これから出発するみたいだし、報酬も日払いときた」

「そ、それにしましょう!」


なぜか青年はルークと一緒に依頼を受ける気満々である。これも何かの縁かと思い、ルークと青年は受付でマンドラゴラ収集の依頼を受ける手続きを済ませ、集合場所に向かった。


集合場所には自分たちの他に二人の冒険者がいた。一人は白と青のローブに身を纏った杖を持つ少女。眉が太く鼻の上にそばかすがある。一人はいくらか髪の長い、痩せた男。軽装に身を包み、飄飄とした雰囲気を身にまとっている。男にしては綺麗な長髪が、軽い印象に拍車をかける。集合時刻となり、四人は引率者の言われるがままに馬車に乗り込んだ。


行先はラブア山の中にある森林。そこにマンドラゴラの群生地帯がある。ラブア山から見下ろす景色は絶景だと、地元の人間の間では有名である。馬車に運ばれる四人は当初こそ沈黙を守っていたが、やがてその空気が居心地悪かったのか、軽装の男が口を開いた。


「いやぁー、カナスでの飲み屋のツケが溜まっちゃってさー」


カナスとはクォーカフ一の歓楽街である。多くの飲食店や夜の店がひしめき、川沿いには屋台が軒を連ねる。


「それでちょっと小遣いが欲しくてね、この依頼を受けてるわけよ。ジャミルっていうんだ、よろしくな、嬢ちゃん」


少しいけすかない物言いだったが、女慣れしていないルークと青年も少女のことが実は気になっていた。二人も続く少女の声に耳を傾ける。


「よろしくお願いします。私はソフィアと言います。学校でちゃんと魔法を学びたくて、学費を稼いでいます。うち貧乏なので」


てへへ、とソフィアがはにかむ。ルークと同じく田舎出身なのだろう、垢ぬけない感じがあるが、笑うと愛嬌がある。


「ま、ま、ま、魔法学園ですか?す、すごいですね!」


青年が話の中に入っていった。ルークと話す時よりいくらかテンションが高い。


「魔法学園?あはは、少し変わった言い方ですね。クォーカフ大学の魔法学部志望です」


少女が訂正する。クォーカフ大学は地元の私立の学校である。地元の人間以外はその名前から、王国立の大学と勘違いしていることが多い。続いてルークも口を開く。


「ルークだ。自分の剣術がどこまで通用するのか試したくて冒険者になった。と言っても、今朝こっちの彼と冒険者登録を済ませたばかりの新参者だよ」


そういえば青年の名前をまだ聞いてなかったことを思い出し、ルークは青年に自己紹介をするように誘導する。


「ぼ、ぼ、ボクは、しげはるです。え、えと、本当はこっちの世界の… おぅえっ」


言いかけたと同時に、しげはるが吐いてしまった。馬車酔いしたようである。吐瀉物が少しジャミルにかかってしまったが彼は嫌な顔ひとつせず、しげはるの介護にあたった。飄飄として飲み屋でツケを溜めるようでもそこはクォーカフの人間、人柄は良いのだ。


馬車はラブア山を少し登り、森の傍で停車した。四人は馬車を降り、マンドラゴラを片手にした引率者から仕事の説明を受ける。


「この森を入ってしばらく歩くと、マンドラゴラの群生地帯があります。このように紫の花を咲かせているものを抜いてください。ご存じの通り、マンドラゴラは引き抜く際に悲鳴をあげ、まともに聞いたものは発狂して死んでしまいます。しかし心配はいりません、このミスリル製の耳栓をしていれば大丈夫です。これから先、森から入って出てくるまでは必ず耳栓をしていてくださいね。自分が抜かなくても、他の人がマンドラゴラを抜く際の悲鳴が耳に入ってしまうこともありますので。一人につきマンドラゴラ十五体をノルマとします。耳栓をした状態では集合の合図もできませんから、十五体を引き抜いた方からこちらの馬車に戻ってきてください」


引率者から四人にマンドラゴラを入れるカゴと耳栓が配られる。ルークは耳栓をし、四人は森へと入っていった。群生地帯と呼ばれる地域についたとき、散開するための合図をお互いに送り合った。ソフィアは手を振り、ジャミルは握った手の親指を立てるハンドサイン。ルークもそれに応えるように片腕をあげる。しげはるは口を動かし何か言葉を発していたようだが、耳栓をしているので聞こえなかった。


群生地帯というだけあって、マンドラゴラの発見自体はたやすい。しかし花を咲かせているものとなると、少々発見に骨が折れた。それでも根気よく探せば見つからないこともないので、ルークはこれも冒険者としての立派な仕事だと自分に言い聞かせ、作業に没頭した。


日没まであと少しというところであろうか。ルークはノルマの十五体の採集をようやく終え、冒険者としての初仕事を終えた充足感と共に馬車まで戻ろうとしていた。もう少しで森の出口だというところで、ルークは前方に横たわる人影を発見した。その奇妙な服装には見覚えがある。しげはるだ。マンドラゴラ収集を終え、横になって疲れた体を癒しているのかとも思ったが、どうも様子がおかしい。しげはるの右手には引き抜かれたであろうマンドラゴラがあった。その安らかな顔をよく観察すると、しげはるは耳栓をしていなかった。心臓も動いていない。


-死んでいる!しげはるが死んでいる!!


決して軽くないしげはるの遺体を抱え、ルークは馬車へと急ぐ。ここに人助けを何よりも優先するルークの冒険者としての資質、なによりクォーカフの人間の人柄の良さが表れているといえよう。


馬車に戻ると、他のメンバーは作業を終えすでに集まっていた。しげはるを抱えてやってきたルークに、何事かと皆が注目する。ルークは大急ぎで耳栓を外し、事の経緯を説明する。


「ソフィア、回復魔法は使えるか!?」

「いえ、私が使えるのはちょっとした風魔法だけです。回復魔法なんてとても…、ましてや、死んでいる人を生き返らせるなんて…」


「ジャミル、ポーションを持ってないか!?」


ジャミルは鞄からポーションを取り出し、ダメ元でしげはるの口に流しこむ。

「だめだ、意識がないので飲んでくれない!そもそも死人には効果がない!」


引率者が言う。

「残念ですが仕方ありません、冒険者の仕事は死と隣り合わせなのです。こういう事も、珍しくはありません」


しげはるの死という失意の元、一行は遺体を馬車に乗せ、帰路に着いた。


重い空気のまま馬車に揺られながら、横たわるしげはるに目をやったルークが口を開いた。

「しげはるを死なせてしまった。今日出会ったばかりとは言え、同じ依頼を請け負った仲間だ。俺は仲間とも言えるしげはるを死なせてしまった。俺は冒険者失格だ…」

「ルークさん、そう自分を責めないでください」

「そうだぜ、しげはるの事は残念だが、俺たちは自分たちに与えられた仕事を全うにこなした。しげはるはそれが出来なかっただけだ」

「そんな言い方…!きさま!」

「お二人とも、やめてください!」


ジャミルの言葉は自分を慰めるためのものだとは頭では理解していたが、いまのルークにはそれを冷静に受け止めることができなかった。

ルークとジャミルがあわや取っ組み合いを始めるかという瞬間、どこからか声が聞こえた。


「うぅ、気持ち悪い…」


しげはるだ!しげはるが喋った!驚いた三人がしげはるの死体に目を向ける。

しげはるは目をあけ、ここは馬車ですか、うぅ…ま、また酔って吐きそうです、と言った。


「死んだ者が生き返るなんて…なんという奇跡…!あぁ神様…!」

ソフィアは目に涙を浮かべ、しげはるの傍による。


しげはるはそんなソフィアに向かって、盛大に吐瀉物をぶちまけるのであった。

これが、俺たちとしげはるとの最初の出会いだった。


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事の顛末はこうだ。


行きの馬車で乗り物酔いしたしげはるは、現地での引率者の説明を朦朧とした意識の中で漫然と聞くことしかできなかった。そのため受け取った耳栓を何に使うためのものか分からなかったそうだ。森の中で散開する際、耳栓の使い道を他のものに聞こうとしたが、三人は耳栓をしていたので答える事ができなかった。また、三人とも長髪で耳が隠れるため、しげはるを除く全員が耳栓をしていたのにも気づかなかったそうだ。しかたなしにマンドラゴラ採集をはじめたしげはるは、引き抜いた際の悲鳴で仮死状態に陥る。引率者の説明を十分に聞いていなかった彼は、まだ花の咲いていない成長途中のマンドラゴラを抜いた。マンドラゴラが成体でなかったため、死の悲鳴は最大限に効果を発揮することなく、しげはるを仮死状態へ追いやっていたのだ。

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