【三章開幕】月塊、借りをかえしおわること
こんにちは。お久しぶりでございます。
月琴伝、三章をぽちぽちと投稿させていただきます。
早いもので、作中ではまたまた三年が流れました。
数えると琴箭嬢ちゃんは十五歳。······もはや童女とはよべませんね。
というわけで、たぶん、そんなお話になっていくと思います。(ただし、そのテのお話は吐血するほどニガテでありますので、期待しすぎないで読んでくだされば嬉しいのです)
お話のはじまりは、一八四年。黄巾の乱のただ中からはじまります。
暑い夏もおわりの頃。月塊は奥室で涼んでいた盤にぶっきらぼうに告げた。
「おい、終わったぜ」
案内もこわずズカズカと入ってきたからか、とりつぐ暇もなかった番頭が右往左往している。盤は彼をなだめてさがらせると、手ずからぬるい酒を月のためについでやった。
豫州、許昌。一八四(中平元)年、八月のことである。
のちの歴史に名高い黄巾の乱がおこって約半年。まさに、世情は黄巾一色であった。
それまでの諦観気味な、わるい意味での落ち着きはひと突きにやぶられ、呼応するかのように小規模な一揆が頻発。民心は不穏な陰につつまれていた。
酒坏をうけとった月塊はそれをぐいっとやると、ひと心地ついたようにホッと息をつぐ。
「ご苦労だった。で首尾は?」
「あー。まあ、なんとかな。役に立てたかどうかは判らんが、とりあえず言われたようにはやってきたぜ」
まったくひどい目にあった。
この数年、旦那に言われるがままに各地を回ったら、必ずといっていいほど大物が待ち構えていたのだ。
みな地上にとどまってこそあれ、天に昇れば仙人どころか、間違いなく神仙級の大立者ばかりなのである。さすがの彼も、これには縮みあがるしかない。
まずは揚子江の中流は洞庭湖の湘水を訪ねると、娥皇と女英という姉妹の女神がおり、こちらでも散々用を言いつけられ、オモチャにされた。
つぎは黄河へ跳び、そこで河伯こと馮夷にあった。そこでは妃へのノロケだか愚痴だかわからぬことを聞かされた挙げ句、身体が鈍っているからと立ち合い稽古に付き合わされ、ボコボコにされた。
ほかにも数えたらきりがないが、ただでさえ疲れた思い出をひっぱり出すと尚更つかれる。月塊ははやばやとその回想を放棄した。
手桶に冷やしてあった瓜をひとつつかみだすと、水を切って口へと運ぶ。
「ま、何にしてもだ」もぐもぐやっていたものを飲み下していう。
「これでアンタの頼まれごとはみな終わらせた。借りはナシってことでいいな?」
ニッと笑むと、盤は酒坏を月塊にむけてあげ、飲み干してみせた。
使用人にみおくられ門をでた月塊は、埃っぽい、うだるような暑さにつつまれた裏通りで、それでもうんと伸びをした。とにかく自由の身になったのだ。心からさばさばとする。
月塊はゆったりと城門へむかって歩を進める。
「しかし、まさかアイツがここまでやれたとはな」
頭をよぎるのは、つい三年ほど前にあった出来事。あの押付けがましい養春山での一件ですれ違った、易という名をすてた男の顔。
「······あのとき、仙書はたしかに天に還ったはずだ。だのにあの野郎、どうやってかヘンテコな術を身につけやがって······」
野郎の師匠ヅラした于吉の入れ知恵ってセンもあるが、きく限り、たぶん太平要術からで間違いない。
そもそもが仙人の術など、他者から教わって得るものではなく、自ら学びとるものだ。それを間接的とはいえやってのけてしまったあの書は、やはりああして正解だった。
「にしても、書き写す、なんてアタリマエの手にアイツが気づかないなんてなぁ」
そんなことは当人がさんざんやってきただろうに、肝心なところで抜けをみせた童女のふくれっ面をおもいうかべ、ざまみろ、と月塊は心中ほくそ笑む。
今頃はこのなりゆきに口惜しがっているだろうか。それとも責を感じて歯噛みしているだろうか。
たしか齢ももう十五。見かけも童女とはよべぬものになっているだろう。
べつにヤツをおもんばかってっつうことでもねぇが。まあこっちも行きがかり、このままじゃ後味もよくねぇ······
古びた瓦屋根のつづく表通りをまばらに歩く人とすれ違いながら、ほんの一時できた城門の陰に別れを告げ、月塊は城外へとでた。
蒼穹にもこもこと湧く雲がたなびく。その下にはまれに散る緑も濃い大地。世の騒乱なぞおかまいなし、太陽十個を射落としたかの英雄もなんのその、とばかり夏が我が世を謳歌している。
「ま、野郎のヤサは見当がつくんだ。問題はもうひとつの方か······」
月はきりりと歯を食いしばる。
「──藍越乙、コイツだけは逃せねえ······ッ!」
ありがとうございました。
こんな感じで、またヨチヨチと続けていきたいと思っております。
お暇なとき、気が向かれましたらお出でくだされば嬉しいです。
次回は翌火曜日、投稿させていただきます。ペースは、やはり火曜・土曜に一部ずつ、ということで。
誤字を修正いたしました。




