月塊、于吉とおおいに腕をくらべ、琴箭、太平要術を天に還すこと⑦
ここまで遠かった。
途中、身体はきつさに音を上げそうにもなったし、哀しいこともあった。まったくの五里霧中をそれでも進んできたのは、まさにこの時のためだろう。
琴箭は万感の想いを胸のまえにかかげ、開け放した祠の扉の前にたつ。
包の結び目をしゅるりと解くと、ゆっくりと両膝を大地につけ、うやうやしく礼拝した。
「お言いつけの通り、蔡琴箭、ここに太平要術をお返しにあがりました」
老子様──はるか戦国の昔にあらわれ、仙道を人の世に最初にひろめられた御方。
まさかあの稀なる書をのこされた貴方に、こうしてお目にかかれるとは、琴箭はなんと果報者なのでございましょう······
ふたたび包をなおしてしずしずと祠により、その前にかがんでそれをとりあげた。
ッキィ────────ッッ!
鋭い耳鳴りのような音に、おもわず書を落としそうになる。
「!?」
音にあてられて震えるように鳴動しはじめた太平要術は、まるでみずから熱を発するかのように白熱しはじめ、パッと輝きを放ったかと思うと、ひとまとめに光の玉となり祠のなかへ吸いこまれた。
その一時、美しい琴の音をきいた気がした。
祠は太平要術の熱をそのまま受け継いだかのように輝き、それが頂点に達したとき、はじけて一本の光の柱となって天へとそそり立つ。
荘厳なその輝きにうっとりと見上げる自分の頭を、誰かが撫でてくれたように感じた。だがそんなことも気にならないほどにその光景に魅了された琴箭は、その光の帯の最後のひと粒が消えるまでじっと見入っていた。
「!」
一瞬、ただならぬ力を感じ、月塊は顔をあげた。なんだこれは?
「ハァ~」
足下からの盛大なため息で、あわてて気をとり直す。
于吉がよろよろと、ふらつきながらたちあがった。
「······なんだ。まだやる気か?」
「馬鹿いえ、もう終いじゃ。すべては終わったわ」
もはや何の関心もないとばかりに月に背を向け、于吉はおぼつかぬ足どりで離れていく。
「さすがに疲れた。しばらくのんびりしたいのぅ」
その後ろ姿は、遠くなったわけでもないのに次第に霞んでいき、いつしか見えなくなっていた。追うこともせず、月塊はただそれを見送った。そう、追うべきは奴ではない。
「······あ〜あ。しょうがねえから迎えにいってやるかい」
まだ自分にはやることが残っている。どうやらやり遂げたらしい、小さな顔見知りを家に帰してやらねば。




