月塊、于吉とおおいに腕をくらべ、琴箭、太平要術を天に還すこと
ちょつぴりだけ長いです。
「ええい、面倒くせえ!」
月塊は歯噛みして、また音のする方へと拳を構える。
さっきからくる者くる者すべてをうち砕いているが、于吉の泥人形・土獣たちにはキリがなかった。おまけに奴に食らわされた、なんだかよくわからない目くらましのせいで視界は霞むし、苛々(イライラ)はつのる一方である。
「!」
霧を裂いて真後ろから巨大な手刀が大地をえぐる。いちはやく後転してその股下へと転がり込んだ月塊は、右足を一閃。天にむかって蹴り上げる。
素が土だけに、硬さはともかく重さがある。が、そんなことはお構いなしとばかり突き上げた一蹴は、脳天まで地走りのような断裂をうみ、巨兵は崩壊して果てた。
と、今度は死角から土獣が連携して喉笛に食らいつく。
土人形のくせに牙と爪だけはしっかり硬い。さすがに急所を食い破るとまではいかぬが、それでも文字通り、岩の堅さをもつ月の肌にほんのささいな傷をつける。ただそれだけで充分だった。
「! 甘噛みが······ウザってぇってんだよ!」
首根っこをひっつかんで片手ごとに一頭ずつ力づくでひっ剥がすと、木にむかって投げつける。凄まじい勢いであるがためにさすがの獣も受け身さえとれず、木に打ちつけられ、バラバラと崩れた。
チッ──
身体をめぐるわずかな、かゆみにもにた感覚。それが全身の動きをさらに縛るものだと彼が気づくのに、そう時はいらなかった。
「仙境の毒ってやつか······念入りなこったぜ。
あー、にしてもなかなか減らねーっ」
仙人を天にして明だとすれば、妖は地、暗。
おなじよくわからないモノ同士であっても、ふたつはあまりに対極の、方士風にいえば相克の存在といえる。
こんなことしてる場合じゃねえんだ。あの変態若作り野郎はとっくに太賢良師の所に行っちまってる。そうなりゃ琴箭とだって面をあわせることになるわけで。
「野郎······これ以上俺の荷物に傷つけやがってみろ、髭を全部ひっこ抜くくらいじゃ済まさねえぞ!」
とは強がってみたものの、ドチャリドチャリと響く足音に、さしもの月塊も思案せざるを得なかった。
せめて野郎が最初にまいた元の場所がわかればな······だが眼はあいかわらずぼやけるし、鼻も砕きまくった泥人形の残り香のせいで、あちこち土の匂いだらけだ。妖の術なら気配で悟るが、そもそも人間にこんなことが出来るなんざ、考えたこともねえ。ホントに方士なのか、あの野郎······!
ヌオッ。霧をわって、巨兵がいち時に三体面前に顔をつきだす。
「──ヘッ! ま、てめぇらがハナっからそういう態度なら、こっちも悩まないですむんだ! どうせならもっと一辺にかかってきやがれッ!」
中腰をあげ、ついで気炎まであげんとしたその刹那、目の前を影が疾走った。
《ゴォォン······》
痛覚なぞあるようにはみえないが、少なくとも巨兵は怯んだようだった。
影はしたっと地に降りると、口にくわえた巨兵の腕を、見よ! とばかりにぶん回した。
「虎? お前、いつものあの虎公か! まさか加勢してくれるってのか!」
そうだとばかり、虎は猛々しく咆哮をあげる。
「お前······面白ぇ、やるか!」
おもいもせぬ加勢に月塊の士気も上がる。が、いくら頭数が増えたところで戦況にゆらぎはない。
げんに虎の身体にはあちこち泥がついており、ここまで来るのに何体か相手どってきたらしい。手傷もおっているようだ。
傍らで鼻に皺を寄せる虎に、月塊は語りかける。
「おい。このまま合力と洒落込みたいが、あんま時もかけていらんねぇ。お前、以前あの爺──覚えてっか? 一緒に追っ払ったあの爺だ。奴の臭い、憶えてねぇかよ? いっちょ一番臭ぇところを嗅ぎとって吠えてみせろ」
ウガル。まるで呑みこんだ、とばかり虎は唸る。
よくよく思うと、こいつもヘンな虎だ。まるでこっちの言葉を理解している──妖のなかには獣と通じあえるモンもいるが俺には無理──かのような振る舞いをみせやがる。
「ま、何でもいいさ。じゃあ──行けッ!」
辺りを威圧する咆哮一声。
虎は地を蹴って駆けだす。やらじとせまる巨兵の腕を、右へ左へと躱す、躱す。ならばと前をふさぐ土獣はまとめて蹴散らされ、爪を立てることさえ叶わない。
その先、巨兵どもが一団となりあたかも壁のごとく、己が身をもって立ちふさがる。
すわ道を阻まれたか、と思われた虎は脚に力を溜めると、瞬迅跳躍。
肩を駆けのぼり頭を踏みつけ、高みへと身を踊らせた。
その勢いは、後詰に待ちかまえた巨兵の指の間もすり抜ける。
それでも最後の意地か。倒れ込む巨兵の頭を同じく駆け上った土獣数匹の牙が、なんとかそを引きずり下ろさんと尾に迫る。
その牙がわずか、その毛先にかかる────かに思われたが、するりとその艶にまけたようにすべって落ちた。
虎は華麗に着地を決めると、地面に鼻をよせひと嗅ぎすると、精一杯の咆哮を轟かせる。
「でかしたぁぁぁッ!」
月塊は無意識に印をきると、「フンッ!」と地面を踏みしめる。
「ヌ······ォォォオオオオッ!」
ズズズ。地鳴りがどどろき、地の底でなにか巨大な物が蠢く気配が増してゆく。
「逃げてろッ、虎ァアッ! アアアアアリャアアアアア────ッッッ!」
ゴシンッッ!
地を割り、龍の背鱗の如き岩がバッと突き出し、真一文字に走る。身の毛をよだてて飛び退いた虎の足元から、黒鉄の龍のようなものが、大口をガバと開いた恰好のまま徐々に迫り上がる。
「おさらばしなッ!」
怒号一声。
長大な器物の尾を掴んでひき出した月塊は、それを肩から背負うと力任せに投げとばした。
泥人形の源であった于吉の方力の染みついた土は、それをまるごと収めた黒光りする龍型の器物ごと、はるか上空へと放り投げられる。
そのまま養春山の結界を突き破り、地鳴りとともに大地へ深々とめり込んだ。
後日。
器物のおちた地に畑をひらいた人曰く、たいへんよく作物がとれたそうな。
が、夕方、誰もいなくなる頃。ときおり妙なものがもぐずり出してきては、夜な夜なヘンな舞を舞っているそうな。
一部表現を修正しました。




